誤解

「患者の生き方」を読んで、医師と患者さんでは受け取り方が違うようだ。

医師A
「あの本、中々いいねえ。患者にも読ませて、患者にもっと自立してもらわなくては。そうすれば医師も楽になるのに」

患者さんB
「この本を医者にも読ませたいねと主人と話していたんですよ。」
 

「患者の生き方」で一番伝えたかったメッセージは、
「他人が変ることを期待するのではなく、自分が変わり、そして世の中の改善に自分が参加しよう」
であったのに、  残念!!

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この記事へのコメント

おたんこナース
2005年02月24日 22:14
両者(つまりドクターと患者さん)に介在していて感じるのも、当にこの事です。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず状態は、
よくあることです。そこでよーく考えて、こちらの裁量で切り抜けます。
あちらにはああ言っておいてこちらにもこう言っておく。両者の批判は厳禁です。
たまに曖昧なビーナスの微笑みも欠かせません。新米の頃にはタッチングで緩和しました。かなり有効なテクニックです。ストイコヴィッチのようには、いきませんが。
眞三
2005年02月24日 23:04
外来のナースさんなのですね。
両者の間で大変でしょうが、よいナースがいてこそよい外来は成り立つのです。
がんばってください。
若苗
2005年03月06日 11:57
えー、引用の場合は出典を示せば著作権は確かOKですよね? 「謎【なぞ】演奏家が最悪と思う演奏を客が喜ぶわけ。演奏家が素晴らしいと思う演奏を客が喜ばないわけ。」(溝入敬三著『こんとらばすのとらの巻』春秋社刊)音楽の世界ではよく言われることで、同じ音楽でも立場の違いで感じ方が大きく変わってしまうものです。
お医者さんと話していると、言葉がすれ違うなと思うことが結構あります。余裕のある時は異文化交流みたいな感じがして「まあ、いっかぁ」になるんですが。以前から患者も賢くならなければと思っていて、加藤先生のご著書に触れてますますその思いを強くしましたし、また「自分が変わること」というお考えも、病気に限らず言えることですが、ただ大変に難しい。あまりの話のズレに、いい加減にせいよ! と思うこともありましたし、ストレスで具合が悪くなったことも(本末顛倒)。そんなこんなで、今は、相手に求めるよりも、自分にできることを(無理のない程度に)少しずつ進めていけたらと考えています。
眞三
2005年03月06日 12:17
トラックバックにもいれましたが。医療者側だけでなく患者側も変化が必要なのだと思います。
そして、冒頭の文も見方をかえれば、相手に本を読ませて変る様にしようという能動的な態度にもつながります。それぞれの人が、もう一歩踏み込んで前進することが大切なのでしょう。

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  • 言葉のすれちがい

    Excerpt: 「誤解」について 若苗さん。医学生や研修医にもこのようなことをしゃべってはいますが、言葉のすれ違いはどこまでもあるものです。 結局は双方の歩み寄りが必要なのでしょうね。 Weblog: ブログ加藤眞三 医療の維新をより良い方向に  @WebryBlog racked: 2005-03-06 12:12