なぜ、患者さんにまなぶのか

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「今回のシンポジウムは『なぜ患者に学ぶ必要があるのか』という問いに対して答えを導くのには到りませんでした。」
http://blog.livedoor.jp/iwamoto_3/tb.cgi/15937593
に対する私なりの答えは次のようなものです。

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「患者の生き方」より

2000年2月の最高裁の判決に考えるインフォームドコンセント
 医師が中心の医療から患者さんを中心とする医療へと、日本の医療は大きな変革期を迎えています。医療の主体の移動です。医療者側からの改革ではなく、社会が医療者側に要求して訪れている変化です。ところが、この変化に医師の側は必ずしも敏感ではありません。大学病院勤務医、総合病院勤務医、一般病院勤務医、開業医の順に無関心であるように思います。

2000年の2月29日、世紀の変わり目を象徴するような重要な判決が、最高裁で下されました。私には不思議に感じられるほど、この判決の重大性に対する認識は低く、医療関係者の間でも社会でも、大きな話題になりませんでした。判決とは、手術時に患者に無断で行った輸血が違法であったとするものです。

1992年、ある宗教団体の信者の患者Aさんは、肝腫瘍のために手術が必要とされました。Aさんは、信仰上の信念から、輸血を伴う医療行為を拒否するとの意思表示をおこないました。そして、無輸血のために自分に損傷が生じたとしても、医師の責任を問わないとする免責証書を、術前に病院側に渡していました。
ところが、肝臓は出血しや膵臓器です。手術中に出血量が2245mlに達し、その時点で、医師は救命のために輸血が必要であると判断し、施行したのです。Aさんは全身麻酔下にあったため、輸血の前にあらためて説明し、同意を得ていたわけではありません。

判決では、「宗教上の信念から輸血を伴う医療行為を拒否するという意思を決定する患者の権利が、人格権の一内容として尊重されるべきである。」と示されています。病院の方針が、生命に危険が迫れば輸血をすることであるならば、病院側がそのことを事前に患者に知らせておくべきである。そうしていたなら、Aさんはその病院で手術を受けず、他の病院で手術を受けた可能性がある。
したがって、最終的に救命のための輸血を行なうという病院の方針を、医師が患者に事前に知らせなかったことは、患者の意思決定権を奪い、結果として人格権を侵害したと判断されたのです。

 一昔前であれば、「命を救うために輸血が必要であり、止むを得なかった。」という論理で許されてきた医療行為ですが、この判決ではその論理が否定されました。患者の自己決定権の優先が示されたのです。
生命の存続よりも、患者の意思や価値観を優先することを明らかにした点で、日本の医療における大きな転換期を象徴します。判決の意味する内容の良否は、ともかくとして、文字通り時期を分ける、画期的な判決になりました。
「これは、言いかえれば、医療の奉仕対象が、抽象的な「生命、健康それ自体の価値」から、具体的な個々の患者の「価値観、自己決定、幸福」に変わったことを意味する」と平野哲郎氏は述べています。
 
この判決により、インフォームドコンセント、すなわち患者の自己決定権が、医療の決定の中心になることが公に是認されたこととなります。これを期に、以前からあった流れが一気に加速されることが予測されます。
医療者は、今後、患者の価値観や意味を大切にするという、社会からの要求に真剣に対応しなければならないでしょう。個人の価値観の多様性を認めて、その要求に応じた医療の選択が求められているのです。

 しかし、これを患者さんと医療者の対立の構図でとらえることは、私の好むところではありません。医療は、本来、病に苦しむ患者さんに手を差しのべ、役に立ちたいと思うところから始まります。患者さんを中心にした医療は何も特別なことでなく、当たり前のことです。医療者は、プロフェッショナルとして知識と技術を動員し、患者さんの希望を満たすこと、苦悩を和らげることに、喜びを感じるのであり、疾患の診断や治療そのものが興味の対象ではないはずです。
そうであれば、患者さんの多様な価値観にあう医療を選択するために、先ずは個々の患者さんの価値観を知らねばなりません。そして、患者さんにいくつかの選択肢を提示し、それぞれのよい点や悪い点、医療の不確実性を理解してもらった上で、納得のいく選択をしてもらわねばなりません。
患者さんは、自分の生活スタイルや価値観をしっかりと確立し、それを医療者に伝えることが求められます。個々の患者さんの価値感にあう医療の選択とは、このような患者さんと医療者の協働作業により初めて可能となるのです。

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この記事へのコメント

岩本ゆり
2005年03月14日 10:59
TBありがとうございました。

>患者さんの多様な価値観にあう医療を選択するために、先ずは個々の患者さ>んの価値観を知らねばなりません。

まさにその通りだと思います。現在の病院には、患者さんの心の動き、本音に対する情報が少ないのだと思います。「なぜ患者さんはこのように思うのか?」「なぜこのような行動をするのか?」といった患者情報が医療者の手にうちに増えれば、おのずと医療者の行動は変化してくると思います。
そのためにも、たくさんの情報を患者側から伝えていく方法をこれからも考えていきたいと思っています。

医師のご著書、さっそく注文しました!また、感想を書きに寄りますね。
眞三
2005年03月15日 01:01
ありがとうございます。医療コーディネーターからの意見をお待ちします。
雪ウサギ
2005年03月15日 22:46
ご覧になった方もいると思いますが、13日(日)の夜のNHKーSで「初めて患者と向き合う研修医達」のドキュメントが放送されていました。(多分再放送があると思います。)長野県の佐久総合病院が、20年前から患者本位の医療をめざして、研修医の教育を行っていることを初めて知りました。理想と現実の狭間でもがきながらつぶやいた彼らの言葉から、医師の仕事がどのようなものであるのかが逆に浮き彫りにされた気がしました。

印象に残った言葉
1,「患者さんに直接触れていなければ成長はないですよ。患者からは学ぶこと   が多いのですから。」

2,「今の君にできることは何?」「ぼくの力ではもうないです。」
  「でも、できることは?」 「患者さんの側にいてあげることかな?」
  「そうだよ。ずっとそばにいてあげてくれよ。」

3,「亡くなった母は、「私はいい先生に見てもらってしあわせ者だ。」といっ   ておりました。」
眞三
2005年03月15日 22:54
再放送をみたいと思います。
佐久総合病院は地域医療をおこなう草分け的存在で、昔から有名です。若月先生がつくった病院です。
岩波新書 信州に上医あり 若月俊一と佐久病院 岩波書店 (1994)南木 佳士【著】

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