続 前野良沢の墓

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後ろ髪を引かれながら、前野良沢先生の墓を通り過ごして、新高円寺の駅より都心へ向かった。

翌日、病院の研究室で普段余り見ることもない藤沢薬品工業が出版する月刊誌「いずみ」の1月号をパラパラとめくっていた。情報洪水の中で生きているために、このような雑誌に目を通すことなどほとんどないままにゴミ箱行きになる。表紙をあけるのも一年に一度か二度であろう。

ところが、そこで目に飛び込んできたのが、元東大教授の森岡恭彦先生の書かれた「解体新書をめぐる人々」と題する随筆であった。しかも、右のページには前野良沢先生の墓が、左のページには杉田玄白先生の墓の写真が載せられている。

森岡先生の随筆の中にも、玄白の行動力と良沢の語学力によって解体新書発刊の偉業は達成されたが、良沢と玄白は解体新書の発刊後、付き合いは少なかったことが触れられている。

それはともかくとして、二日続けて前野良沢先生の墓という文字が偶然にも飛び込んできたことは、私にとって意味のあることに違いない。そう考えた私は、翌日の日曜日、家内と二人で月高庵慶安寺へお花を持ってお墓参りをした。

「患者の生き方を」 書き始めることによって初めて知ったご先祖様であった。その恩師の前野良沢先生の物語もそれから知り、「患者の生き方」を多数買って下さって人の家の近くにたまたま良沢先生のお墓があり、偶然にもお寺の前の案内に吸い寄せられるようにいき、先生の名前の4文字をみつけ、翌日には警告するかのように雑誌のなかにその4文字が再登場した。

何かに導かれて訪れることのできた前野良沢先生の墓の前で感激し、私は神様に感謝した。

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この記事へのコメント

2005年05月13日 22:35
無意識の選別が働き、自分の心に留まりながらも、関われなかったモノに再会させるように導く・・あるいは、あちらが加藤さまに声かけたくて、あの手この手のサインを送ってらしたのかも?無事に導け、神様もさぞやニッコリと。
2005年05月15日 15:06
このような同時性というものを実感させることを最近よく体験しています。

偶然ですませるには、余りにも偶然が重なりすぎているものですから。
水井
2005年05月20日 20:55
遺伝子をONにするには、
「人との出会い、機会との遭遇を大切にする。」と、
村上和雄先生もおっしゃっていらっしゃいます。
サムシング・グレートのお導きですね。きっと。
2005年05月21日 07:05
水井さん。出会って、実は出会っていても気がつかないこともあるのでしょうね。その意味では、出会いに気がつく準備が自分には必要なのだと思います。
でも、一度ならず二度も注意してくるとそれに気がつかないわけにも行かず、一体これからどのような展開になるのだろうと興味津々です。

ちなみに、キッペス先生とは随分親しくしていただき、来週には慶應大学に講義に来ていただくことになっています。

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