上から読んでも しんぶんし もでん読らか下

 新聞を定期購読していない若い医師が増えています。

「ええっ、新聞もとっていないで、どうやって社会の情報を入れているの。」
「いや、テレビのニュースで大体のことは解りますから。」

まじめで常識派のF医師でさえこれですから、後は推して知るべしです。

 新聞で入る情報とテレビで入る情報では、その質が全く異なります。もちろん、新聞では毎日毎日、情報に追われてしまうので、新聞の代わりに高級な週刊誌や月刊誌から社会の情報を入れているというのなら、それはそれで一つのやり方かとは思いますが、いずれにしても、記録として残る文字情報で医者として社会の窓は、開かれていなければなりません。

 病院にばかりいて忙しくしていると付き合いの範囲は狭くなり、医師の視野はますます狭くなります。病棟が忙しいからと、昔の友人の誘いを断っていませんか。新しい友人を作っていますか。医療では、多様な価値観をもつ患者を相手に理解することが必要であり、そのためにも医師には幅広いつき合いが必要となります。 病に悩む患者の話をしんぼう強く聞くことができるためにも、気分転換をはかり自分の気持ちを整えておくことが必要です。激動する時代の新しい医療の方向を知るためにも、色々な見方や意見を持つ社会人との付き合いが必要なのです。

 少々無理をしても時間をつくり、病院から離れたところで幅広い人との付き合いを大事にしたいものです。

学問のすすめ 人望論 17篇

 第三 道同じからざれば相与に謀らずと。世人またこの教えを誤解して,学者は学者,医者は医者,少しくその業を異にすれば相近づくことなし,同塾同窓の懇意にても塾を巣立ちしたる後に,一人が町人となり一人が役人となれば千里隔絶,呉越の観をなす者なきに非ず。甚だしき無分別なり。人に交わらんとするには啻に旧友を忘れざるのみならず,兼ねてまた新友を求めざるべからず。

人類相接せざれば互いにその意を尽くすこと能わず,意を尽くすこと能わざればその人物を知るに由なし。試みに思え,世間の士君子,一旦の偶然に人に遭うて生涯の親友たる者あるに非ずや。十人に遭うて一人の偶然に当たらば,二十人に接して二人の偶然を得べし。人を知り人に知らるるの始源は多くこの辺りに在りて存するものなり。人望栄名なぞの話は姑く擱き,今日世間に知己朋友の多きは差向きの便利に非ずや。

先年宮の渡しに同船したる人を,今日銀座の往来に見掛けて双方図らず便利を得ることあり。今年出入の八百屋が来年奥州街道の旅籠屋にて腹痛の介抱してくれることもあらん。人類多しと雖ども鬼にも非ず蛇にも非ず,殊更に我を害せんとする悪敵はなきものなり。恐れ憚るところなく,心事を丸出にして颯々と応接すべし。

故に交わりを広くするの要はこの心事を成る丈け沢山にして,多芸多能一色に偏せず,さまざまの方向に由って人に接するに在り。或いは学問をもって接し,或いは商売に由って交わり,或いは書画の友あり,或いは碁将棋の相手あり,凡そ遊冶放蕩の悪事に非ざるより以上の事なれば,友を会するの方便たらざるものなし。

或いは極めて芸能なき者ならば共に会食するもよし,茶を飲むもよし,なお下がりて筋骨の丈夫なる者は腕押し,枕引き,足角力も一席の興として交際の一助たるべし。腕押しと学問とは道同じからずして相与に謀るべからざるようなれども,世界の土地は広く人間の交際は繁多にして,三,五尾の鮒が井中に日月を消するとは少しく趣を異にするものなり。人にして人を毛嫌いするなかれ。                                

「肝臓病教室のすすめ」より
学問のすすめ

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この記事へのコメント

megu
2005年05月25日 13:00
しんぞう先生、いいことおっしゃいますね。
いろんな見方や意見を持つ社会人との付き合いが大切なんて!私は今まで同年齢の友達しかつきあいがなかったのですが、ヘルパーの勉強で
いろんな年代の社会人の方と話す機会が増えました。はじめは説教じみた会話になるかと思っていたのですが、レポート書いたり実技の訓練で協力すると仲間意識?のようなものが出来て
きて、なんか対等に話してくれるし嬉しいです。同じ年齢ばかりでいたのでは、こうはいかなかったと思いました。
にしまる
2005年05月25日 20:20
そうですねー。ゴミ処理の方法を工夫して取りますかー。>新聞
やっぱりネットでの情報とは違いますもんね☆
GALANT's Cafe
2005年05月25日 20:51
私も、昔はそう思っていたのですが。
近年、新聞を含むマスコミの文章も、読み物としてどうかなぁ?と思うことが、多くなったように思うのです(本は、選ぶ限り、おっしゃる通りだと思います)。

文章を読むという行為ならば、Webやblogによるニュースに限らず、高い知見をお持ちの方によるなかなか考えさせられる文章(って、このblogもそうですね(^^))が増えてきたように思うのです。

多忙な方々には、ネットによる文章を通じた交流の輪を広げられるほうが、個人を知り、深い意見交換をしやすくていいかもしれません。
2005年05月25日 21:52
meguさん。 色々な人と付き合うのは面白いでしょう。世界が広がりますよね。

にしまるさん。 新聞が好きならとってください。朝日がすきなのですか?
2005年05月25日 21:52
meguさん。 色々な人と付き合うのは面白いでしょう。世界が広がりますよね。

にしまるさん。 新聞が好きならとってください。朝日がすきなのですか?
2005年05月25日 21:55
Galant さんにそういわれるとそんなあきもします。ただしネットの情報は玉石混合ですね。
2005年05月25日 22:33
活字中毒のような私には、新聞を読まないなんて考えられないです。
忙しさにかまけてしまうのでしょうか。って私は暇すぎますね・・・。
引きこもりのような、育児中の専業主婦から言わせていただきますと。
医師に限らず、自分と考えの異なる人と交流しない人っていますが、本当は違う考えや生き方の人と関わっていくことのほうが、価値があるように思えます。
GALANT's Cafe
2005年05月25日 23:45
眞三さま
いくつかの記事に、何度かトラックバックを試みているのですが、うまく行きません。
トラックバックURL表示される先に送れば表示されると思うのですが...
にのちか
2005年05月26日 00:09
私は新聞はもう要りません 情報はどうしても一日遅れだし新聞を読んでいて気になる記事があっても制限されているような気になります 新聞で気になる記事があったらすぐインターネットでそのsourceをみたくなります。記者は自分なりの解釈をつけて記事を書いているのですが、その視点だけでは物足りなく、やはり多角的にそれを見たくなります、それでネットサーフィンしてしまうこともありますが、得た情報が最終的に新聞を読んだだけでは分からなかったということが多々あります。今は新聞と同様の内容のものを自分のRSSリーダーに配信してくれますし、いろんな意味でネットは主体的、新聞は受動的だと思います(まじめバージョン)
2005年05月26日 00:35
!!!!!!緊急情報です!!!!!!

このサイトのフロントページの訪問回数が、10000回を迎えようとしています。10000回を超えたことを確認した方で、この記事のコメント欄に最初にそのことを書いてくださった方に、「患者の行き方」をプレゼントいたします。私の予想では明日夕方とみていますが。
お渡しする方法は個別に考えます。
2005年05月26日 00:43
wanさん。 色々の人の見方を知るって面白いですよね。 

galantさん。 TBは拒絶していないのですが、原因不明です。コメント欄にそちらのURLをお書きください。私も他の人のブログへのTBが上手くできない経験があり、webry の問題かも知れません。
2005年05月26日 00:48
Galantさんに続き、にのちかさんにまで、そういわれると、こちらは両手を挙げて降参します。確かに、ネットでよい情報が得られる時代が来ています。

その中で、どうやって本当に必要な、信憑性のある情報を得るかが大切なのでしょうね。
omori-sh
2005年05月26日 01:23
ただいまわたくしが確認したところ9904でした。
10000突破は夜明けではないかと予想します。
アンチ巨人ながら読売購読してます、が、新聞にろくに目を通さない日もしばしば…
取ってるだけで満足してるクチかも。
ここにきてはからずも新聞は不要なのかと思い始めたのでした。
そしてこうしてブログで幅広いおつきあいができることにあらためて感動していたり。
そんなぼくはにのさんと同い年。
Linda
2005年05月26日 03:02
たいへん示唆に富んだ文章、興味深く拝見いたしました。
患者さんにはいろいろな世代の方、様々なバックグラウンドをお持ちの方がいらっしゃいますし幅広いおつきあいが大事という先生のご意見にはたいへん共感をいたします。

InterNetの速報性と、質の高い新聞の併用が
今の私にとっての情報収集の基本スタイルとなっています。更に週刊文春、新潮、女性誌などを読んでようやく世相がわかるといった感じです。インターネットに関わるほど、新聞などの活字に触れる時間が長くなっているような気がしています。(>個人的にですが)
昼行灯
2005年05月26日 06:07
 おはようございます。只今9938です^^
 しんぞう先生のブログの出会わなければおそらく私は一生“学問のすすめ”は目にしなかったと思います。
 医療従事者でもとりわけ医師は、孤独を好まれる人が多いのかと昔思っていました。しかし情報を上手に利用され、私たちナースの輪に入ってこられるドクターは患者さんとのコミニケーションも上手でらっしゃるように思います。
 高校の担任がとにかく新聞をと言い、それから私は読んでます。
 亭主より先に朝一番に新聞を読むと天下を取った気になります。最近は新聞とネットのブログを朝目覚めて読むのが習慣になりました。
 
2005年05月26日 12:18
omori-shさん。 アメリカではブログが日記としてより情報の道具として使われているようです。そのような情報提供のブログもこれから
日本で広まると良いですね。ジャーナリストが自分の意見を自由に書けて、それを読者は評価する。ただし、それがどう経済(筆者の収入)と結びつくのかが問題です。
2005年05月26日 12:21
Lindaさん。 信憑性と速報性。組織をあげての取材活動と個人レベルの活動など。新聞のもつよさは残ることでしょう。しかし、高級な雑誌の方がよい企画があったりすると、新聞紙の生き残る道はとも考えたりします。
2005年05月26日 12:25
昼行灯さん。 福澤諭吉先生はやはりその時代の巨人であったことを感じています。ところが、慶應大学の学生でさえその本を読んだことがない人が大半という現実もあります。私の講義を受けたりや本を読んで読むきっかけになったという学生さんがいるとうれしくなります。

カウントは10を切りましたが、私が見てしまうとそれだけでカウントが増えるので、メールでコメントをチェックしています。
にしまる
2005年05月26日 17:43
さささささ…(近寄る音)
しんぞうさん。あれ、ユニークアクセスのはずだから同じ人が踏んでも増えないと思うんですが…IPが毎回違えば別ですが…
かささささ…(去っていく音)
2005年05月26日 22:11
galantさん。 これからも時々トラックバックを試してみてください。できているときもあるのですが。

にしまるさん。 更新ボタンをおすとその時点の最新のカウントがでますよ。

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