現代医療の呪文

何気なく放たれた医師の言葉が、患者さんに大きな影響を及ぼすことがあります。
C型の肝硬変の患者さんに対して、「あなたはそのうちに絶対に肝臓がんになる。」などと予言めいたことを平気で口にする医師がいます。その医師のもつ神経に驚かされますが、この時の絶対の使い方は、明らかに間違っています。

「そのような医師にさえ、絶対に死は訪れるのです。」との表現であれば、間違いではありません。生きとし生けるものが死を迎えるのは、生物学的に唯一絶対といってよい真理なのです。時間の指定さえなければ、それは予言でも占いでもありません。


「胃の調子が悪くて、食べることができない。ピロリ菌を他の人に感染させることが怖くて、外出もできない。」
 30代の女性Iさんが外来を訪れて訴えました。最近、○○クリニックで検診のため胃カメラを受けたばかりですが、結果を聞きに行くと、担当医師より
「あなたの胃は慢性胃炎でした。しかも、ヘリコバクターピロリ菌という恐ろしいバイ菌にかかっています。胃潰瘍を繰り返し、そのうち胃がんになってしまいます。
これは伝染する病気ですから、他人に感染させないように気をつけなければいけません。そのためには、薬をしっかり飲んで治さないといけません。
もし薬を途中でやめてしまうと、胃炎はすぐに悪化するし、抗生剤が効かなくなってしまいます。唾液からでも他人に移りますよ。」
と言われたのです。
Iさんは、胃の中に住んでいるというピロリ菌が怖くなり、薬を飲み始めましたが、胃の調子はかえって悪くなりました。我慢をしつつも服薬を続けましたが、1週間で6kgも体重が減ってしまいました。

私は、Iさんに、ピロリ菌は50歳以上の日本人では過半数の人が持っている菌であること、大部分の人は菌を持っていても潰瘍にもならないし、胃がんも発生しないことなどを説明しました。そして、胃薬を処方しました。しかし、Iさんはその後も精神的な打撃からなかなか立ち直れず、回復するのに数ヶ月以上を要しました。

Iさんが持参したクリニックのパンフレットには、当クリニックの院長は全国でもトップレベルの内視鏡件数をこなしていますなどと院長の自慢話が書かれ、学会で著名な教授からの推薦の言葉が並んでいました。


 40歳台の女性Oさんは、死を思いつめたような暗い表情で外来に訪れました。医療に対する猜疑心にあふれる目をしています。急性の肝障害のため他院に入院したのですが、γグロブリンが高値で、抗核抗体も陽性のため、自己免疫性肝炎と診断されました。
そして、主治医から「難病であり、あなたの命は後6ヶ月位しかない。」と言われたのだそうです。

6ヶ月後に訪れるといわれた死に対する恐怖におののき、セカンドオピニオンを求めて来院したのです。血液検査をすると、Oさんの肝障害は、幸い既にピークを過ぎていました。
「死ぬ前にチベットへ行ってみたい。」とたずねるので、「この肝臓なら、どこへ行っても大丈夫ですよ。」と答えました。

Oさんは、1ヵ月後の外来に、ふっ切れた顔で訪れました。ヒマラヤ山の麓まで登り、撮ってきたという美しい山岳の写真を見せてくれました。Oさんの肝障害は順調によくなり、AST,ALTも基準値内へと下がりました。その後は、特に治療を必要とすることもなく、経過を見ています。
しかし、「あと6ヶ月の命です。」の言葉がOさんの耳にはずっと残っており、今も精神的に不安定な状態が続いているのです。

「癒す心治す力」の著者アンドリュー・ワイル医師にならって、私も、このような医師の言葉を「現代医療の呪文」と呼んでいます。医師に悪気はなかったとしても、患者さんに対して悪い影響を及ぼす言葉を気づかないまま発していることも少なくありません。

患者さんとの会話では、「現代医療の呪文」を浴びせないように、できるだけよい言葉を投げかけたいと心がけています。「現代医療の呪文」により固められてしまった患者さんを、呪縛から解きほぐす手段も、情報提供です。医師の言葉は、患者さんに対する影響が大きく、それだけ言葉に対する責任があります。

医師の言葉は、呪いの言葉(呪文)ではなく、祈りの言葉(祝詞)でありたいものです。
患者さんが医師からの呪文に簡単にかからないためには、医師を慎重に選び、自分の病気に関する情報を集め、セカンドオピニオンを求めることが必要となるのです。

「患者の生き方」 より

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この記事へのコメント

水井
2005年06月21日 20:32
最初の一文で、医師の言葉はとうてい勝ち目のないものであるのかと、思ってしまいます。
ところが、それに続く文章で呪文をかける医師への鮮やかな反撃がなされ(義憤!)スッキリしました。
Linda
2005年06月21日 21:02
わたしの友人で、三人目の赤ちゃんが授かったとき、妊娠六ヶ月目にしてようやく産婦人科を訪れたママがいます。みんなに後押しされるようにして受診したのですが、こんなことをポツリと言っていました。
「先生にいろいろ心配なことを言われるのがいやなの。どうせ産むことには変わりないのだから。」今までの苦い経験がそうさせたのだと言っていました。。わたしの祖母も87歳のときに「あと5年もすればだんだんガタがきて体が衰弱してきますから」と、医師から言われたそうです。それまでは大丈夫と言いたかったのかもしれませんが、たとえ87歳でも、もっと生きたいと思っていた祖母はかわいそうでした。ほんとうに92歳で亡くなってしまい、思い返せば、あれは祖母にとっては呪縛だったのかもしれません。
言葉というものは本当にそうなってしまう力があるらしく、恐ろしいことです。
加藤眞三
2005年06月21日 22:11
水井さん。Lindaさん。 医者って、患者さんを脅かすことで従わせようとする行動様式から抜け出せない人も多いのです。それは今までの医学教育のせいでもありますが、何を目的に医療をするのかという根本的な問題でもあるのです。
にしまる
2005年06月22日 12:04
私は1型DMですが、「目が見えなくなるぞ!」「脚が腐って落ちるぞ!」というわけのワカラナイことを言うバカDM専門医(乱文失礼)がネット上でも、自分が実際遭遇したのも、他の患者の方から聞いたのも実に多いです。

彼らの真意は患者さんを従わせたいのか、ストレス発散をしているのか同業者としても理解不能です。
加藤眞三
2005年06月22日 13:03
日頃優しそうなフリをしている医者も、いったん患者が言うことを聞かないなと、自尊心を傷つけられると、この手に移ってしまうのですよね。

結局は「何のために医者やっているの?」というところが、クリアできていないのだと思います。あるいは、クリアしすぎたのか?
2005年06月22日 16:26
医学が生まれる以前から「病」という言葉はあったのでしょうか?悪鬼や邪まな霊の仕業とみて、「患い」と呼んでいたのでしょうか?

質問ばかりでごめんなさい。ただ、呪術師の業の延長にない、現代医学に於いてだからこそ言葉という患者と医師をつなぐものが、ぞんざいに使われているのは悲しいものです。

言葉は人をひれ伏させ、あるいは逆に宙に舞わせる力を持つものですから。

奇蹟を呼ぶ一言を期待するのは、患者もさまざまな情報を得られる時代に、最早難しいことでしょう。
「あなたのために、私ができることをしよう。ずっと、一緒にいよう、だからあなたも自分の命をしっかりと掴まえて。あなたのその手の上に、私が手を添えよう。」もし、そんな言葉が聞けたら、俯くことも怯えることもなく、静かな戦いを・・いえ、来るべき日までの静かな燃焼を続けられる気がします。
きれい事でしょうか?
水井
2005年06月22日 17:35
やまと言葉では「くすし」というのがある。これは「薬師」という字をあててもよいが「奇す師」つまり奇跡を起こす人と考えられる。~略~人間は病気になると、日常的な行動が妨げられ自由にふるまうことができない。
放置すると、ますます不自由が強くなるかもしれないという不安がある。自分でコントロールできない。あるいはコントロールを断念したので、だれかそれをコントロールできそうなひとがもとめられる。~略~そんな場合に、病気の人あるいはその肉親は、感情的にまきこまれることなく、冷静に事態を把握して、対処できる人に援助を期待する。自分たちにできないことができるのは、いわば超能力の持ち主でなければならない。「超自然」と交流し、その力を借りて奇跡をおこなうことのできるのは、呪術師である。医療はそうした呪術としての側面がある。・・・素顔の医者(中川米造著)より抜粋
ちょっと、参考までに。失礼しました。
水井
2005年06月22日 19:00
医療で温かさやタッチングが要求されるのは、それが心身を緩めるからである。緩めると変化がおこりやすい。楽しいことも同様である。笑いが医療の場にとりいれられたり、音楽や絵画なども医療の場にとりいれられて、治癒によい
影響をあたえるという。
・・・・同じく素顔の医者(中川米造著)より抜粋
2005年06月22日 19:45
水井さん、さっそくご教示ありがとう。
呪術師からいきなり現代医学という、段階を無視した結びつきでの質問、失礼しました。
「くすし」はちょっと古典を紐解けば、拾える言葉なのに・・私こそ、質問にぞんざいな言葉の選択をしていたようで、反省します。

医療における呪術的側面が、その発祥と歴史によって、必然的なものである以上、なおさら携わる人の言葉は力を持ちますね。
科学としての現代医学そのものでなく、医療従事者が個人の力として発揮される方が、患者との関係性がスムーズになるでしょうね?

音楽治療を試みましょう・・と言われるより
「私は疲れたとき、この曲きくんですよ、
どうです?聞いてみませんか?」などと
信頼する医師に薦められる方が心の耳には
優しい波動になりますもの。
加藤眞三
2005年06月23日 01:20
水井さんとB&Sさんの会話を楽しませてもらいました。
B&Sさん。上田紀行さんのスリランカの悪魔祓いという本を一度是非お読みください。昔の医師の原型かと思われます。
2005年06月23日 06:47
 おはようございます。
 上記のにしまる先生のことで思い出しました。自覚症状があまりなくて血糖値と言うものが何であるか分からない患者さんに、最悪の状態の症状を話しても治療をきちんとされない方がいるとタケシさんの番組のように「恐ろしいことになりますよ」っとつい口に出すことがありました。
 脅してたつもりではないのですが、病室から抜け出して間食とかアルコールを飲まれているのが分るとつい言ってしまったことがありました。このような方は時間をかけて家族と協力し辛抱強く指導しないといけないことは分っているのですが、目にあまると強制退院っていうこともあり看護側も必死でした。
 そのような時に糖尿病教室とかに参加していただくと患者さんに自覚が出て、頑張っている他の患者さんと接する機会も出て、恐がらせることより大分効果がありました。
 またそれに言葉遣いに関しては気を使っていたつもりでも個々で受け取り方が異なるので、短い診察時等に相手に適切な言葉を投げかけるのはとても難しいことで、寡黙になってしまう場合が多くありました。
眞三
2005年06月23日 06:58
この呪文、色々出てきそうなので、呪文集を作ろうと思います。 
トラックバック先のメリットに書き込みをよろしくお願いします。 

できれば呪文解きも、皆さんで考えましょう。きっと、それは医師や医療者にとっても勉強になるものと思います。
よろしく。
邦之
2005年06月23日 10:45
ふむふむ、呪い返しを言葉でするのじゃな。
(なんか陰陽道みたい)
ヨハネの福音書にも昔から言葉、て書いてあるし、マイナスの呪文にはプラスの呪文、ってことですな。
しんぞう
2005年06月23日 11:01
「呪い返しではなくて、のり直し(宣り直し)言い直しですね。」とのり直しておきます。

よい言霊さがしということになりますかね。
邦之
2005年06月23日 21:45
イヤー、こりゃイッポン取られましたわい!参りました。

コトタマの滑り良ければゆくりなく ソコツの言葉につまずきにけり
すずめ
2005年06月24日 14:15
インフォームド・コンセントの根本に関わる、未だに残るパターナリズムの問題とも関連する「医師による呪いの言葉」ですね。もしかしたら近いうちに医学部で勉強をする機会があるかもしれないので、よくよく考えてみたいと思います。あらゆる医療行為において重要なことですが、特に精神神経系や臨床心理系では非常に重要だと考えています。
眞三
2005年06月24日 23:08
すずめさん。 メリットの方で呪文集をあつめ、何故そのような言葉を発してしまうのかを考察してみたいと思います。そして、それを改めるにはどうすべきか。皆さんもご意見をよろしく。
megu
2005年06月27日 18:49
私は、お医者さんによる呪文というか、悪い子のレッテル張りみたいにいろいろ言われてしまいました。(あまり思い出したくありません。
しんぞう先生のこのブログで助けてもらいました。いろいろと、ありがとうございました。
眞三
2005年06月30日 07:16
meguさん。 今は思い出すのも嫌なのでしょうが、時期がきたら教えてくださいね。
いーみです
2005年06月30日 21:41
この春に、乳癌が見つかり幸い0期で転移はないようですが、放射線治療を受けました。出産以外病院へいったことがない私には驚く事ばかり。まず電子カルテ。ほとんど患者の顔は見なくてキーボードを叩く医師にあれ~と思いました。それも、癌かもしれないと言う時には、とても堪えました。ただ、マンモの画像をジーッと見つめて何も話しは聞かずに帰りました。
摘出生検でも、終っても言葉がけもなく次の手術の準備に入っている医師にふらふらしながらも{ありがとうございました}と挨拶して帰りました。そんなこんなで 患者が医師に気を使わなければいけないのはおかしいと感じました。ほっとできる診察室であってほしいな~と感じています。医師の言葉はもちろん、表情に敏感になるんです.特に癌患者は・・・癌というだけで多大なストレスを感じています。貴方を自分の妻や娘だと思い、一緒に治療していきましょうね・・なんてうそでも言って共に治療していこうという強いサポートを感じれるような一言があると随分違うだろうな~と思っています。
眞三
2005年06月30日 22:08
いーみさん。 はじめまして。
これは呪文というより無言のストレスですね。いかに協働に入れるかが大切なのだと思います。5月26日の記事http://katos.at.webry.info/200505/article_21.htmlもお読みください。
いーみです
2005年06月30日 22:44
先生、早々に返信ありがとうございます。26日の記事も拝見させていただきました。私も随分心が落ち着き病気を受け入れれるようになってきています。先日の診察では、医師の大変さも理解できるようになり、7月から研修にいく主治医に 体に気をつけて・・・とさりげなく言うこともできました。不安が薄れ、回りに思いやりをもてるようになると相手の大変さもみえてくるのですね。患者も医師を思いやる!お互いさまの精神でしょうか?そして、癌を見つけてくださりありがとうと感謝したいです。不安から知識を経て、情緒が落ち着き、意欲が出始めたら病気は半分直ったようなものですね。その不安時期を医師の言葉でいかに乗り切るか・・
なんか 上手く言えなくてごめんなさい。

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