父権主義(パターナリズム)と医療 1

  一昔前(?今でももちろん?)、医療における医療者患者関係が、親と子の関係性に類似するものであるとして、パターンリズムの弊害がいわれた。
 父親と子供になぞらえられるごとく、医師が圧倒的な知識と知恵を持ち、患者は医師に頼り判断も委ねればよいというものだ。患者は余計なことは知る必要もない。

 実は、医師だけでなく患者も医師を神格化することを望み、医師は常に清廉潔白で間違いを犯さない存在であるふりしてきた。それによって、患者は安心して医療にかかることができ、その安心感は治療にもよい影響を及ぼすとなる。すると、ますます医療者にとって、間違いは犯さないものとのふりをすることが必要となり、もし犯してもそれを隠さなければならないものとなる。そして、医師がこの治療がよいと決めれば、それが最善のものとなる。

 ところが、そのような態度は科学的のものとはいえない。現実の医療では、常に不確実性が存在するし、過誤も人間のやることには必ず伴う。過誤はそれを明らかにし対策をとるからこそ、次の過誤をなくしたり、少なくするための材料となる。もし、それが隠されてしまうと過ちを繰り返すことになる。しかし、医療は医療者が提供するものだから、患者が心配する必要などないとされてきたのだ。

 一方、パターナリズムの崩壊は、価値観の多様化と揺らぎの面からも説明することができる。価値観が一定で普遍的なものであれば、その価値観のうえに医師が判断すればよい。ところが、価値観の多様化が叫ばれ、色々な立場の考え方が許容される世の中になると、医療を受ける主体者としての患者自身の価値観が医療者の価値観より重要となる。そこに双方向性のコミュニケーションが必要となる理由があり、インフォームドコンセントは、このような価値観の多様性に対応しようとするために生まれたものだ。医療者にとって患者に学ぶ意義の一つはそこにある。

 メリットにとり上げた医師憲章
http://melit.jp/voices/katos/archives/2005/07/post_11.html
は、このような時代背景に生まれたものだ。今までの医師の行動規範とされた、ソクラテスの誓いはパターナリズムを基礎とした医師患者関係であったため、それをさけて医療者と患者は対等の関係性をもち、医療者は医学のプロフェッショナルとしてその知識と技術を提供する関係性が模索された。

医療者が神であるふりをすることを止めようと宣言したのが、この医師憲章である。米国とヨーロッパの代表的な学界から著名な医師が集い憲章の文は練られ、医学界の超一流誌であるランセットと内科アナルズの両誌に掲載された。患者の福利の優先、患者の自律性、社会正義が高らかに宣言されており、憲章の中にも記されているように全世界においてこれからの医療の規範となるものであろう。

 10の責務の第2番目に、「患者に正直であること」が書かれている。誤訳といわれることを避けるため、英文のまま引用すると  
Physicians should also acknowledge that, in health care, medical errors that injure patients do sometimes occur. Whenever patients are injured as a consequence of medical care, patients should be informed promptly because failure to do so seriously compromises patients’ and societal trust. 
とある。

 医療過誤は時におきうることを認めると述べられている。次に、injured の範囲が問題となるが、wheneverという強い語で始まっているからには、それが重篤なものであろうが軽いものであろうが含まれると私は解釈する。すなわち、「医療において患者さんが害にあった時には、いついかなる時にもそれが患者に伝えられなければならない。そうしなければ、それが患者からの、そして社会からの信用を著しく傷つけるからである。」と訳することが適切であろう。

医療者が過誤を犯さないふりをして得る信用や安心感よりも、医療者は常に患者に正直であることのより信用を得ようとするものである。それは、医療者が神であるふりをすることを止めようとの宣言でもあるわけだ。

つづく

この記事へのコメント

にのちか
2005年06月30日 19:54
うおー(吠えている)
「簡単な医療ミスでも伝えるべきか」からはじまってネットサーフィンしてきましたが、「答え」に最終的に出会えて、充実感でいっぱいです 簡単な医療ミスでも伝えるべきかにコメントされたみなさんへも拍手。
omori-sh
2005年06月30日 22:11
ここに書き込むには勇気がいりますが、ぼくは歯科医で、簡単な医療ミスに属するようなことは日常茶飯事です。
命に関わることはまずありませんが、例えば先の尖った器具で粘膜を傷つけてしまうようなことはよくある話です。
そこで正直に謝罪することは、当たり前のことだと思います。つまり、しんぞうセンセイがおっしゃることにうんうんうなずいてます。
さてタイトルにある父権主義。医療においては?ですが、家庭での父性については維持していたいと思いますし、ぼくはしんぞうセンセイに父性を求めているのかもしれません。
うっとおしがられるかもしれませんけどね~。
g.b.y
2005年07月01日 00:59
医療機関と連携する立場の社会福祉の人間として発言させていただきます。多くの医師との面談の機会がありました。不思議なことに私の目を見て話す医師が殆どおられない。カルテを見て、コメントするのみ。私が伝える、患者の社会的・全体的・現実的問題はどうも関心の範囲外。病院に迷惑行為をかけている場合は別ですが。しんぞう先生にお伺いいたしますが、あなたは患者を治療する際それに関連する専門職をどの程度視野に入れて考えておられますか。失礼、漠然とし過ぎています。複数の専門職が関わっている患者の治療に関しそれらと連携することの重要性は認識されておられると思いますが、連携の際、秘密保持以外に留意されていることは何でしょうか?
眞三
2005年07月01日 04:29
g.b.yさん。 私はアルコール依存症の患者さんを多く見ているために、医療ソシャルワーカーMSWとの連携が必要と感じることが多いのですが、1000床規模の病院であるのに2人しかいない現状があり、それをどうやって増やしてもらおうかと話し合っているところです。
おそらく現在の日本では、医師が社会的側面までを視野に入れて診療を行うことはることは殆どなく、身体的側面だけで止まったり、せいぜい精神面までであり、社会的側面、スピリチュアルな側面までになると自分の範囲外と考えてしまうことが多いと思います。
眞三
2005年07月01日 04:38
私は先ずは人の数を増やしたいというのが第一の希望です。MSWも忙しすぎて転院先や在宅医療の準備などだけでも手一杯という現実がありますから。
あなたと医師との面談がどのような状況で行われたのかがよく解りませんが、もし外来の途中に行っているのなら、別の時間にすることでしょうね。外来時間中では、患者の社会的問題まで話をもっていってもとても、そこまで関心を持ってくれる医師は少ないのではないかと思います。
連携の際に最も大事なことは共通の認識を持つことであり、コミュニケーションをとることでしょうね。つきなみな答えではありますが。
omori-sh
2005年07月01日 21:53
自分のコメントにレスしてもらえないことに腹を立て(爆)、失礼であることは承知の上、参上ざんす。
私も在宅医療に関わっておりますが、私は恵まれていて、まわりのお医者さんはフレンドリー、ケアマネさんともなかよくさせていただいてます。
だからg.b.yさまのコメントを拝見して、ちょっと考え込んでしまいました。
もちろんお医者さまも人ですからいろいろな方がおられますが、私は素敵な人が多いと感じています。
社会福祉を担っておられる方に対しても同じような、いやむしろもっと崇高なイメージを抱いています(勝手な想像ですが)。
ということは、g.b.yさまの瞳に、医師の方が目を合わせられない理由があるのでは?
私の勝手な想像では、g.b.yさまが女性で、あまりにも美しい瞳をされていて、吸い込まれてしまいそうだからではないかと。
美女とは目が合わせられないという男性は、結構いるものですよ!(男性だったら…わかりましぇん)
g.b.y
2005年07月01日 22:28
加藤先生、私の不躾な質問に真摯にお答えいただきありがとうございます。先生もご存知の通り社会福祉士及び介護福祉士はその法47条により、医者その他の医療関係者との連携が法的に義務づけられております。私ども病院の外の福祉機関に属するものとして、MSWのいらっしゃる病院は大変ありがたいです。医師との連携もスムーズに行えますし、充実したカンファレンスに参加させていただくことも出来ます。1000床で2名は確かに少なすぎますね。病院の所在地の地域性にもよるでしょうが、それではMSWが本来業務を充分に行えないと思います。97年に精神保健福祉士法が制定されたのに、MSWが未だ法制化されないのはなぜなのかと思ってしまいます。それから、医師とのアポイントメントを取る際は必ず、診察時間を外してとお願いするのですが、時間内を指定される医師に保健福祉との連携の意欲がみられない方が多いように思います。あくまで、私の経験則ですが。omori-shさん素敵に想像してくださってありがとう。
眞三
2005年07月02日 09:13
にのちかさん。omorishさん。 コメレスを飛ばしましてすみませんでした。gbkさんのはより深刻な問題ですので、先に回答させていただきました。
にのさん。まだ、この記事は「つづく」となっていますから、最終回答にはなっていないのですよ。もうチョッと充実するのはまって下さい。

omorishさん。 おそらく、omorishさんの雰囲気と神戸という土地柄がよりフレンドリーにしているのでしょうね。私に父性をもとめられてもこまります。その代わり不精ではありますが。
眞三
2005年07月02日 09:31
gbkさん。gbkさん。私の想像ですが、きっとあなたは患者さんのことに余りに一生懸命にはたらいていて、周りがそれに十分に対応してくれないので、義憤に駆られているのだと思います。その怒りが、7月1日00:59のコメントには感じられました。
でも、その怒りは医療の現場ではもう少し上手く隠さないと恐らく相手は構えてしまい、あるいは逃げようとしてしまうのではないかと思います。 逃げるための一つのサインが眼を合わせないことなのだと思います。

ところで、コミュニケーションでよく眼をみてはなすことと言われますが、私は疑問に思っています。日本人は眼を見つめて話すことは元々少ないのです。少なくとも話すときには視線を少し落としての方が自然です。聴く時には見つめることもありますが、ずっと見つめながら話すわけではありません。
眼にこだわらず、もっと、身体全体を感じながら会話するという意識が大切なのだと思います。
omori-sh
2005年07月02日 22:28
無理矢理催促した甲斐がありました。
コメレス、ありがとうございました!
やっぱ父さんはダメですか。
父はダメでも師ということで扇がせていただきます、暑くなってきましたし。
不精ひげ仲間も歓迎でござる。
シャイなしんぞうセンセイには似合いませんかね?
2005年07月03日 08:32
ひたすら神託を待つ信者として、心身を医療者に預けてしまうことは、自身の病気から目を背ける(ほんとうは、それに囚われているのに)ための、有効手段の一つなんですね。預けた時から手段は目的化してしまうけど。
医療者と患者の関係にある、いわばオイディプスコンプレックスでしょうか?ならば、なんとしても「父親殺し」(文字にすると物騒!)を経て、医療者&患者の幸せな関係性を再構築しなくては。医師憲章に対する、患者心得の条は
ありませんか?おぉ!失礼しました。「患者の生き方」を箇条書きに抜き出せばよいのですね。(微笑
しんぞう
2005年07月03日 10:17
omorishさん。まあ同志ということでいきましょう。

B&Sさん。 医師憲章は医師の側で作ったものであることに意味があります。そうであれば、患者憲章も医師がお仕着せするのではなく、患者の側で作らなくてはいけないのでしょう。
「患者の生き方」でも紹介していますが、ささえあい医療人権センターコムル(COML)では、医師にかかる時の注意として10か条をあげています。これを出発点にすればよいのだと思います。
2005年07月04日 02:12
突然、失礼いたします。ごめんなさい、記事と関係のないコメントをする無礼をお許しください。

meguさん。お元気にされていますか?ある日からこちらに来られなくなったこと心配しております。梅雨空の下、傘をさしながらスッキプしてたらいいんだけど。

加藤先生、失礼いたしました。常連のmeguさんが最近コメントされないので心配になってお邪魔いたしました。
2005年07月05日 11:25
自ら律する姿勢がまず先立つべきでした!(反省)
律するというより・・旧概念に囚われないよう
な、むしろ解放の意味合いが含まれそうですね、患者側は。
患者同士の関係性から自発的に生じる、創意工夫に充ちた心の指針。一人で閉じてしまったら
道はみつからないようです。

meguさん、お顔みせてくださいね。
絵文字、顔文字でしんぞうさんのブログに
七夕飾りをお願いします♪
すずめ
2005年07月06日 16:20
医学生とブログその他で話をしていたり、読んだりしていて非常に感じるのは、医学生が男女ともに持つパターナリズムです。わたしたちは難関な受験を合格してきた医学生なのよ、特別なのよといわんばかりの言動をよくされて、非常に心身共に傷ついたことが非常に多いです。そういう連中が今度は医師免許を取得して医療の現場でその言動を振りかざす。これは女医の場合の方が目立ちます。非常に腹立たしくなります。反対に自分で医師国家試験対策本を読んだりして、負けるものかと対処してしまいます。ゆがんだ医学部受験の現状とそれに勝利して合格した医学生男女達のパターナリズムの方が非常に問題です。価値観も井戸の中の蛙で自分たちの優秀性を主張して医学部以外の学部所属の人間に対して見下げた言動を併記で取りますから、本当に腹が立っています。
すずめ
2005年07月06日 16:22
併記で、ではなく、平気で取る、が正確な表記です。彼らや彼女達には本当に傷ついています。
2005年07月06日 17:53
 こんにちは。
 すずめさんのおっしゃることよく分かります。これはいずれ現場に出て、患者さんや医療現場の他の医療従事者の洗礼(?)(いじめではありません)を受けることになり、本当に鍛えられ、尖った石が磨かれるように削られ丸くなって行かれます。
 同じ学生生活を送っていても、同じ視線で会話してなりたたない方々は特にそうです。
 最近は患者さん側や医学に関係ないかたも大昔ほど無知ではないので、その気になる言動などとの距離は私達のほうからも縮めなくてはいけないのでしょう。競争したり敵対視するのでなくて教えて差し上げるのです。
 日本に立派な仁術本位の医師を増やすために・・・。

 すずめさんが傷ついたことを、しんぞう先生の本家であるHPのMELITに書き込めるコーナーがあります。他の一般のかたのが具体的に載ってますので、そこで吐き出されると先が見えてくると思いますので、是非!
しんぞう
2005年07月07日 17:51
昼行灯さんの言葉が心強いです。
こんな看護師さんがふえると日本に良い医療が到来しますね。

すずめさんの嘆くことももっともで、過激な競争社会を勝ち抜いてきたものが、弱者に対する思いやりの心をもてるのかという問題だと思います。
入試の段階で医療へのモチベーションをもっとチェックすべきなのでしょうが、世の中の医学部のそれをチェックすべき人も競争社会の勝者なのです。

私達の大学でも競争の重要性が強調されています。

この構造はどこから崩していけるのか?
人生の少し先輩より
2005年07月08日 18:22
とてもお気持ちがよく解るので、書き込みします。
大切なのは、恐らく謙虚さということを身につけることができるかどうかなのだと思っています。
高い理想をもっていれば、自然と自分に足りないものが私大次第にわかってきます。それを感じ受け止められるかどうか・・・。
或いは、尊敬できる良き師、先輩たちへの思慕にも似た思い・・・。
そういうことを、ちょっと心の角ににでも憶えておいて下されば、いいように思います。
ひとへの批判一方の目や屈辱した思いが少し楽になると思います。
興味深いことに、それはどの世界であってもいえることのようです。一流といわれ、上にいく程、それが自然にそなわるようで男女問わないと思います。
そしてこのことで余裕が出てきて、物事に動じないさまになっていくようです。
その為に、多くの周りにいるひとに安心感をあたえます。一緒にいるだけで、満ち足りた思いにさせるのかもしれません。

眞三
2005年07月08日 18:55
他人を批判するのではなく、理想を実現する方にもっと眼を向ければ、道は自ずからできてくるということをアドバイスしていただいたのだと思います。
ありがたい言葉をしっかりと受け止めたいと思います。
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