慶應義塾大学看護医療学部の教授就任の報告

 慶應義塾大学看護医療学部の教授に本年4月1日付で就任することが正式に決まりました。慢性病態・終末期医療を担当する予定です。  私自身、望んでいたポストでした。それは、これからの日本の医療を良くするために、看護師の力に期待するところが大きいからです。患者さんに良いケアを提供できるための医療職が看護師であると信じるからです。  家族や村などを単位とするコミュニティが崩壊し、個人が自立しなければならない時代を向かえています。そのような社会では、ケア学の普及が望まれます。今までは家族が行っていたり、村や町内会などで担っていたものが、近代社会ではプロフェッショナルが担うことになります。そのようなケア中心になって働くのは看護師です。  わが国は生活習慣病や慢性病の時代を迎えています。そのような時代の病気に対処するには、病気に関する情報の提供、患者教育がなによりも大切です。そして、それは、医師ではなく看護師に期待される仕事です。  医療が高度化し専門分化してきた現代医療の中で、患者さんは説明を受けインフォームドコンセントといわれても、専門家の圧倒的な情報量と経験の前には、単に煙に巻かれるだけの場合も生じます。そのような時、患者さんの立場に立ってアドバイスし、適切な治療を選択するための助言をできる医療職は看護師です。つまり、医療の現場で患者さんともっとも接し、患者さんの立場で発言できるのが看護師です。  欧米ではスピリチュアルケアが公的な医療の場にとり入れられていますが、日本ではまだ…

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進行がんにもみられる自然退縮

「医療における独立自尊とは」について  人の寿命はわからないと前章で述べましたが、その最たるものは「がんの自然退縮」です。日本の心身医学の創始者である九州大学の故池見酉次郎教授は、中川博士とともにがんの自然退縮例を研究しました。この研究により池見教授はストレス学説で有名なハンス・セリエ博士のセリエ賞をとられたのです。がんの自然退縮は500から1000例に一例はあると考えられているのだそうです。  池見教授は、74人のがんの自然退縮がみられた患者さんで、精神生活や生活環境を詳しく分析できた31人をまとめています。31人中23人(74パーセント)に人生観や生き方の大きな変化があったとされています。 その23人の中7人はかねてから人間的な成長度の高い人や真に宗教的な生き方をしてきた人たちであり、がんの告知がきっかけになり、永遠の命へのめざめが起きたそうです。5人は信仰をもっていた人たちの中で、がんを宣告されることによって信仰の対象としていた教祖や神仏に自分のすべてをまかせきるという全託の心境になったとされています。5人は家族からのサポートや周囲の人の温かい思いやりに包まれて主体的な生きがいのある生活へ転換が起きた人であり、6人は生きがいのある仕事に打ち込んでいった人だそうです。このように、約4分の3の人では、生きがいや生き方に大きな変化があったときに、がんの自然退縮があったというのです。  私の経験でも、その数は多くはありませんが、悪性腫瘍が治療もしないのに退縮した例を2人みています。二…

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み 7

10/26 その後はどの様にされていますか? 11月13日に私が中心になって行なっている研究会があります。 一度こられませんか。 慢性病の患者さんへの情報提供やケアの研究会です。医師だけでなく、看護師、栄養士、薬剤師なども参加します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 10/27  メールを、ありがとうございました。とてもうれしかったです。ただ、残念ながら13日は予定があり、お伺いすることができません。とても残念です。また、機会がありましたらお声をおかけいただければ幸いに存じます。  私の後期研修に関しては、BB医療センターの総合内科のC先生という先生にお会いして、ここで研修を受けたい!と思ったのですが、病院が赤字で、後期研修医を取れるかどうかは微妙なところなのだそうです。検討してみるとおっしゃってくださったので、今待っているところです。その間に、都立広尾病院を受ける予定です。 先生も広尾病院にいらしたのですよね。見学に行き、一般内科をきちんと研修できるのではないかと思いました。それか、やはり名古屋大学でもいいのかなぁ、、などと考えているところです。11月末くらいには行き先が決まっていると思います。  先生によい結果がご報告できるよう、精一杯努力してまいりますので、今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。  それでは、寒くなりますので、お体にお気をつけてお過ごしください。 ----------…

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み 6

10/01  先日、名古屋大総合診療部の見学に行ってまいりました。 伴教授はじめ、Drの雰囲気がとてもよくて、楽しく過ごさせていただきました。なによりも、あそこの先生方は「ジェネラルの専門医」としてのプライドを持っていて、こういう自信が今の自分にはないのだということに気づかされました。と同時に、大学卒業時、ジェネラルをやっている医師や、それを目指す学生のことをすごくいいなと思い、彼らにあこがれて自分もこうなりたいと思ったことを思い出しました。  さらに名古屋大では、見学に伺ったのに、いろいろな先生方に私個人の悩みや不安を聞いてきただき、すごくすっきりした気分になりました。そして、ジェネラルなんてもういい、やっぱり専門医!なんて思っていたのに、今まで自分がやってきたことがやっぱり好きで、それなりに自分の中で誇りに思えることもあることを感じました。  後期研修先としては、名古屋大は大学病院で症例が少ないなどの不安もあり、他の病院も見て、納得のいく所を探そうと思います。先生に、きちんと内科をやるようにとおっしゃっていただけたことを心から感謝しております。本当にありがとうございました。 >プライマリーケアを米国で学びたいなら神保先生も紹介できます。  ありがとうございます。もう少し自分に自信が持てて、何をやりたいかを明確にすることができたら、ご紹介をお願いさせていただくかもしれません。その時はよろしくお願い申し上げます。  それでは、今後ともご指導のほどよろし…

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み 5

9/24 私からのメッセージは短いものでしたが、私が伝えたいことを理解してもらえたように思います。 私がA先生に期待するのは、先ず内科医としてしっかり研修を受けること、そして、その上で、専門医なり、漢方の道も勉強されることです。漢方も面白いだろうと思いますが、まだ、そこにはまり込むには早すぎます。4年間は内科全般をじっくりと勉強されると良いと思います。 これからは緩和医療や心身医療など心のケアも大切ですし、栄養や運動など生活習慣へのアプローチをどうするかも重要問題です。 田舎の無医村や医師が一人しかいないところの医療を学ぼうとしても、それには普遍性はありません。そのような医療が求められている地域は、今の日本では限られています。これからの日本の医療に、どのような医療が求められているのかを、とくに都市部の医療で求められる全人的医療とは何かを、よく考え、観察し、分析し、新しい医療の分野を開拓するぐらいの気持ちを持ってください。 名古屋大学の伴先生は、最近私も何度かお会いし話をする機会がありました。立派な方だと思います。是非一度見学に行ってみてください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 9/25  いつも温かいメールをありがとうございます。  先生のおっしゃっることを、私なりに考えて、ベストな道を探そうと思います。  来週水曜日に、名古屋大総合診療部の見学に伺わせていただくことになりました。  悩むにしても、…

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み 4

9/21 11月頃に発売される予定の原稿(患者の生き方)を添付します。 私は、A先生はおそらく全人的医療にあこがれているのだと思いますが、全人的医療は何の臓器でもこなせる人ではありません。それでは全人体的医療です。身体、精神、社会、スピリチュアルの4次元で患者をケアできるのが、本当の全人的医療です。そして、それはそれぞれの臓器の専門医にも求められているのだと思います。 そのような中で、循環器はもっとも体を機械としてみることのできる内科の分野です。多くの循環器内科医は、心筋梗塞と不整脈にしか興味をもたず、A先生の診たいという心不全でさえ興味の範囲外となります。 全人的医療についてもう一度再考してみてください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  メールと、文書をどうもありがとうございました。読ませていただき、それからゆっくり、考えました。 結論から言うと、先生のおっしゃる通りだと思いました。  くどくなりますが、なぜ、専門医が良いと思ったかをもう一度考えました。それは、「わかりやすくて、かっこよくて、(ある意味)簡単だから」。まさに、「専門外のことはわかりません」といえるから、でした。一般内科として診療していて、困ったとき結局頼らざるを得ないのが専門医であり、患者さんもそれ(専門各科にかかること)を望んでいるんじゃないのかと思ったのです。  でも、それは患者さんのために、と思ったわけではありません。結局、専門医のほ…

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医療の改革を解決指向アプローチで

サルトジェネシスと解決指向アプローチを、病気に対する新しい対処法として2月27日に書いた.。しかし、私はこれを医療の改革にも適応できるものだと思う。  どこに原因があるのかを捜し求めて、それをつぶす、排除する、あるいは除去するのではなく、今あるリゾースを確認し、そのリゾースを有効利用、あるいは、拡大することにより、健全な医療を提供できる社会を目指すのだ。(http://katos.at.webry.info/200502/article_29.html)。  わたしは、肝臓病教室やインターネットを利用した情報の提供をそのリゾースの一つととらえている。このリゾースを国内で拡充し、他の疾患にもひろげることが、医療の改革の突破口になるであろう。  医療の情報は専門家がのみ独占していて良いものではない。しかし、その情報の信頼性や有用性を吟味することにはたす専門家の役割は大きいはずだ。  夜明けは近い。

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医療における独立自尊とは

「患者の生き方」より 医療における独立自尊とは  私が外来で診ている慢性の肝臓病の患者さんは、その多くが高齢者です。日本のお任せ文化に親しんできた人達です。このような人に対して、いきなり治療法の選択をと迫っても、戸惑われることも少なくありません。  しかも、現実の問題として、患者さんに提供すべき情報、治療法を選択するための根拠となる情報が、施設ごとに準備できているわけではありません。論文に書かれている治療法の成績は、報告施設のものであり、別の施設での治療の成績は異なっていて当然です。Aの治療が得意な施設もあれば、Bの治療を得意とし、Aの治療には習熟していない施設もあります。  ところが、あらゆる病気に対して、各施設が科学的評価に耐えるだけの十分な症例数やデータをもつわけではありません。また、同じ病名の腫瘍でも、腫瘍の部位や性質によって治療成績は異なります。  肝がんを例に取り上げます。その治療の選択のためには、肝炎ウイルス感染の有無、合併する肝硬変の進行度、腫瘍の大きさ・数・部位・血流状態、超音波での見え方、針が刺しやすい部位か否かなど、いくつもの場合分けが必要です。ところが場合分けを続けると、それぞれのグループの症例数は限りなく小さくなります。その結果、統計処理によりどの治療法が優れているかを示すためには、各群に相当数の症例が必要となります。  しかも、それぞれの因子は、必ずしも独立したものではなく、互いが影響することもあります。さらに、PEIT(エタノール局注療法)やR…

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み 3

 たびたび申し訳ございません。早速のお返事を、誠にありがとうございました。  極端から極端に、というのは言われて、もっともだと、すごく納得いたしました。それから、前回送らせていただいたメールを読み返してみて、非常に感情的な文章だったと反省しております。少し、付け加える形で、もう少しご相談させていただけますでしょうか。  今でも、将来的にプライマリケアに関わっていきたい気持ちはあります(今は循環器に対する興味の方が強いですが)。多分、私はずっと臨床をやりたいと思うでしょうし、やっぱり患者さんに近いところにいたいと思うと思います。  そもそもなぜ循環器内科をやりたいと思ったかというと、日ごろの臨床で心不全が一番理解できなかったからです。そして、一般医でも関わる機会がもっとも多くて、さらに治療できる範囲も広いかなと思うのです。虚血や不整脈でカテーテルなどが必要な治療は別ですが、慢性心不全などは高齢者に多いし、きちんとした長期のコントロールが必要です。  でも、2年間で私が経験した症例が少ないことが原因かもしれませんが、やはり一つのことを専門として一通り学ぶだけでも、相当な時間がかかります。幅広く診たいという思いはありますが、でも、それでは何かをする時にいつもなんとなく自分に自信がもてない・・・という感じになってしまうのが恐いのです。何をするにせよ、自分はここならわかると、ひとつのよりどころがあるのと、ないのとでは違ってくるかなと思うのです。    例えばKK総合病院で総合内科を見…

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み  2

919 私は循環器病センターにすぐには行かずに、内科認定医をとれるような病院で先ず研修することをおすすめします。それは、MM医療センターでも良いのかもしれませんが、私はそこを良く知りません。 循環器をやりたいとの気持ちは大切にされると良いと思いますが、多くの場合、循環器はもっともその専門の範囲しかみない専門医師になります。中でも大阪の循環器センターの医師はそのような意味での専門医の最右翼ではないでしょうか。 A先生の選択は極端から極端に走っている気がします。そのことをよく意識して、研修先を選んでください。 一番最初に、プライマリーケアをやれる医者になろうと考えていたところから、余り外れない道を選ばれることを、私は期待します。何でも屋としてレベルが低いのではなく、プライマリーケアとしての専門性もあるはずです。名古屋大学の伴先生のところなど、訪ねてみてはどうですか? 一度考えてみてください。

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総合診療医を目指した後輩医師の悩み

昨日A医師が訪ねてきた。うれしい来訪であった。 A医師は、慶應大学のある学生の課外活動団体の後輩だ。2年前に大学を卒業する際に、大学病院での研修では患者の側に立った医療はできないと考え、市中病院(大学病院以外の研修病院)にプライマリーケアを目指して研修医として就職した。私は頼もしいなと思いながらも一抹の不安を感じていた。 ある日私の元にメールで相談がきた。(以下、本人の了解の下抜粋) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 9月18日  私は、元気に研修医生活を送っております。ただ、最近は、3年目からの後期研修は別のところに移ろうと思い、病院見学などをしているところです。それについて、少し先生のご意見をお聞かせ頂きたい事があり、メールさせていただいております。少し長くなるのですが、お読みいただければ幸いです。  地域医療、プライマリケアがやりたくて、卒後研修先として今の病院を選んだ事に悔いはありません。他の病院と比べる事はできないけれど、自分なりに多くのことを学んだ時間だったと思っております。けれど、今の病院にいて、たとえば患者さんが高齢であるとか、経済的問題などを盾に、医学的にどうなんだろう?ということが行われていると感じる事があります。また、対症療法でお茶を濁しているうちに、後手にまわってしまうということも経験しました。  卒後まもなく、加藤先生は私に「今の日本に僻地は存在しない」とおっしゃいました。その時は、そんな…

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慶應病院は医療の三越か 2

「慶應病院は医療の三越か」について 第1話で述べたことは、実は両者の議論がかみ合っていない。私は病院が三越であることを目指すべきだといったのに対して、X医師は大学で働く医師は世界一を目指すべきだといったのだ。つまり、システムまたは個人とその言っている対象が異なっている。 そうであれば、医療コディネーターとでも呼ぶべき職種が、医師であろうと看護師であろうと、活躍する場ができれば、病院全体として患者さんによりよい医療を提供することが可能となる。

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全人的医療の場は本当にプライマリーケアなのか

 最近、全人的医療という言葉がよく使われる。そして、その全人的医療の担い手は、開業医などの目指すプライマリーケア、あるいは心療内科の医師であると考えられている。  全人的医療とは、人を全体として診る医療であり、身体、精神、社会、スピリチュアルの4次元で診ようとする医療である。決して、身体だけの全体、すなわちどの臓器の疾患も診るという医療を指すわけではない。  私は逆説的に、全人的医療は部分を見る専門家の医療においてこそ必要とされていると思う。つまり、専門医の診る医療には、より深刻な病気が多く、生死にかかわる病気であることも多い。また、経済的な負担も大きかったり、家族とのかかわりも必要となることがおおい。  ところが、専門医は全人的医療に興味を持つことは少ない。そもそも、専門化、細分化の方向に進んできた医学を学び、習得してきた医師は、社会的やスピリチュアルなケアに対する関心は少ない。自分の範囲外と思っている。また、その余裕が時間的にも、精神的にもない。  それでは、このギャップをどのように解消するべきだろうか。医療のシステムとして、専門医の周りに、このようなケアができるスタッフをおくことが、結局は一番の近道ではないかと思う。一人の専門医にすべてのことを期待することは酷というものだ。

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なぜ、患者さんにまなぶのか

「今回のシンポジウムは『なぜ患者に学ぶ必要があるのか』という問いに対して答えを導くのには到りませんでした。」 http://blog.livedoor.jp/iwamoto_3/tb.cgi/15937593 に対する私なりの答えは次のようなものです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「患者の生き方」より 2000年2月の最高裁の判決に考えるインフォームドコンセント  医師が中心の医療から患者さんを中心とする医療へと、日本の医療は大きな変革期を迎えています。医療の主体の移動です。医療者側からの改革ではなく、社会が医療者側に要求して訪れている変化です。ところが、この変化に医師の側は必ずしも敏感ではありません。大学病院勤務医、総合病院勤務医、一般病院勤務医、開業医の順に無関心であるように思います。 2000年の2月29日、世紀の変わり目を象徴するような重要な判決が、最高裁で下されました。私には不思議に感じられるほど、この判決の重大性に対する認識は低く、医療関係者の間でも社会でも、大きな話題になりませんでした。判決とは、手術時に患者に無断で行った輸血が違法であったとするものです。 1992年、ある宗教団体の信者の患者Aさんは、肝腫瘍のために手術が必要とされました。Aさんは、信仰上の信念から、輸血を伴う医療行為を拒否するとの意思表示をおこないました。そして、無輸血のために自分に損傷が生じたとしても、医師の責任を問わないとする免責証書を、…

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医療のコーディネーターに期待する

インテリア・コーディネータに医療コーディネーターの未来をみる  1997年頃にわが家の建築を依頼した経験があります。憧れの宮脇檀氏など有名な建築家に設計を依頼することはもちろんできません。メーカーのプレハブの住宅ではありましたが、それまでの自分にとって一番大きな買い物であった車選びとは異なり、家の建築は決断すべき選択肢が余りに多いことに、驚かされました。家の基本設計だけでなく、床の板の色や質感、カーテン、壁紙、ドアのノブ、庭の木に至るまで、それぞれを選択し始めると切りがありません。  例えば、カーテンも、カタログを見て一つ一つを探せば、選択する対象は何百種類にもなります。ところが、インテリア・コーディネータは、家の設計図を見て、私たちのもつイメージ、好み、予算を聞くと、さほどの時間もとらず、ちょうどそれらに合うカーテンを5から6種類すっと引っ張り出してくるのです。6枚の中から、最終的に私たちがどれを選ぶのかも、承知しているかのようで、見透かされているような気さえしました。  わたしは、「これがプロの仕事だ。」と思いました。  医療においても同じで、何も患者さんが医学論文を片端からひっくり返して、調べる必要はありません。患者さんは自分の希望を述べさえすればよいのです。医師はその希望に合いそうな治療の選択肢を提示し、それぞれの利点と短所を示しながら相談しながら、最終的に患者さんが決めればよいのです。これからの医師は、このようなコーディネーターとしての役割が期待されているのだと思いま…

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慶應病院は医療の三越か

理系と文系の違いから、専門化の問題があがってきた。  ある年の消化器内科教室の新年の集まりで、私は「三越デパートへ行けば、一応何でもそろっており、そこで買うものはどれも一流のものであるというように、慶應病院はどんな病気で訪れても、的確に対処できるという、デパートでいえば三越のような存在であることが期待されているのではないか。」というスピーチをした。  ところが、OBの一人である先輩X医師より、「そのような低い意識では困る」と叱責された。「大学病院の医師は、その分野で世界の最高峰をめざすべきであり、大学病院は超一流の専門家の集団であることが必要だ。」と語る。  今は、それぞれの患者さんが調べて自分の病気に合った最高の医師を求めて訪れる時代だから、大学病院の医師はその専門性を高めることが何よりも大事であるとの考えだ。たしかに、流通業でもデパートの形態そのものが、斜陽の時代ともいわれている。しかし、何の病気だかわからずにくるのも患者さんであり、患者さんは単に一つの病気だけを持ってくるわけではない。

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医者は理系か文系か?

そんなところでブラブラさせていると当たってしまうよ。と心配顔なタヌキ。(写真 金長たぬき@小松島市) 「しんぞうのおんな」 http://absinth.exblog.jp/i0 という刺激的なタイトルにひかれて、たどったブログから面白い話題があったのでそれを紹介し、私の考えを「患者の生き方」より引用します。「しんぞうのおんな,」は、やはりいいおんなのようですが、残念ながら私のおんなではありませんでした。ブログの大先輩です。この写真とは関係ありません。 http://blog.goo.ne.jp/g-cafe/e/9f0cc0475ffe05ff8a3ca70ee899a782 --------------------------------------------------------------------- 「患者の生き方」より 日本では医者はなぜ愛想が悪いといわれるのか  医師は「診察室でもむっつりとし、無口で愛想の悪いのが多い。」と言われます。なぜでしょうか。医師が患者さんに無愛想な原因として、三つあげたいと思います。それは、①仕事が忙し過ぎること、②他人との会話が元来苦手であること、③患者さんと対話をするための教育をうけていないことです。①については後述することとし、ここでは後二者の②、③について考えます。  日本の医学校は明治時代より、理数系の学部として位置づけられて学生を募集してきました。医学部には数学や物理の成績の優秀な人が受験し、入学しました。医学…

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科学的評価をうける病にたいする祈りの効果

最近、内科アナルズ(Annals of Internal Medicine)や内科アーカイブズ(Archives of Internal Medicine)など、米国医学界の権威ある一流雑誌には、病気に対する祈りの効果を調査した論文が相次いで掲載されています。医学論文のデータベース、medlineを検索しても、distant healing(遠隔癒し)のキーワードでといくつもの論文が出てきます。 日本での手かざし療法に相当する治療的接触(therapeutic touch)というキーワードも、看護関係の雑誌に頻繁にでてきます。国際看護学会のワークショップのテーマにもなっているほどです。「コクラン共同計画」という科学的な証拠を集める拠点でも、Therapeutic touchに関する情報の収集が現在進行中です。   祈りの効果を厳密に証明するためには、比較の対象とするコントロール群が必要です。祈る人にも、祈られる人にも詳細を知らせずに、祈りの効果を客観的に科学的に見ようとした、大規模な試験が内科アーカイブズに発表されています。以下にその詳細を紹介します。  米国ミズリー州カンサスシティーにある中部アメリカ心臓研究所では、心臓の集中治療室に心臓発作で入院した1019名を対象に、祈りの効果を検証する無差別対照試験が行いました。 グループ分けをする際に、人為的な意図をさけるために、カルテ番号が偶数の患者484名は祈りを受けるグループ、奇数番号の529名は祈りを受けない通常の治療のグループに分け…

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「糖尿病は薬なしで治せる」

「<痛風>「ビールを飲んでも治る!」鹿児島大教授が自ら実験」について 「糖尿病は薬なしで治せる」 同じようなタイトルだが、その根底にある哲学が全く反対なのがこの本だ。渡辺昌教授は自分が糖尿病になり、それを生活習慣の改善により克服する。克服というよりコントロールという方が正確だが。 渡辺教授は自らも語るように糖尿病の専門家ではない。しかし、自らの体験を述べることで、安易に薬に頼ることのないように語りかけている。何百万といわれる糖尿病の治療に一石を投じている。 私は、この本を高く評価する。 糖尿病は薬なしで治せる

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<痛風>「ビールを飲んでも治る!」鹿児島大教授が自ら実験

 痛風を専門にする教授が、ビールを適量飲んでいても痛風はコントロールできるという。この教授は自らが痛風になったために自分で実験した結果を本にまとめた。  痛風は生活習慣病のひとつだ。その専門家が痛風になるなんて、常識的には恥ずかしいことに違いない。しかし、自分が痛風になって、始めて本気で病気の治療について真剣に考える。  最初は生活習慣の改善だけで治療を試みようとしたがうまく行かず、最終的には痛風の薬を飲みながら少量のビールは続けることに成功したというのだ。  「痛風発作の経験から得たものとしては、初めて患者さんの気持ちで病気を考える経験をした。痛風だけではなくて、私は病院長として、これからはほかの病気も患者さんの立場で一つ一つ病気を考え直していこうということを今、考えています。」と述べている。 それでは、今まで一体どういう立場の医療であったのだろうか。結局、医師の多くは、自分は蚊帳の外において、患者の治療をしている。胃潰瘍に対してヘリコバクターピロリ菌の除菌を推進している専門家が、自らの除菌治療には躊躇している例もある。専門医は他人のこととしての薬や手術にたよる治療しか普段は考えていない。科学的とは客観的にみることであり、結果として自分を蚊帳の外に置くことという教育が染みついているためだろう。  私は、こんな本を出すことは生活習慣病の専門家として恥ずかしいこととおもう。専門家がこんな本を出版し、しかもそれが何万部も売れてしまうところに現代の病根の深さがある。 htt…

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