臨床パストラルケア第8回全国大会

11月12日―13日と名古屋で臨床パストラルケア教育研修センターの全国大会が開かれ、そこで講演をする機会を得た。キッペス先生が主宰する研究会の全国大会である。 http://www.pastoralcare-jp.net/pastoral/japanese/mousikomi/2005/zenkoku08/index.htm 昨年の今頃、東大のCOE「死生学の構築(リーダー島薗教授)」(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/shiseigaku/)のもとで行われたフート教授の講演会で、キッペス先生と初めてお会いしたが、その後キッペス先生とは深い関係(?)になり、スピリチュアルケアを学んでいる。 私は、今まで一臨床医としてスピリチュアルケアにも関心と興味をもってきたが、その専門家ではない。この4月に医学部から看護医療学部に異動があり、終末期病態学を担当することになり、スピリチュアルケアの勉強を始めたばかりだ。 島薗先生や村田先生、フーバー神父などスピリチュアリティの専門家の中で私が講演をさせていただくのは気恥ずかしい思いもしたが、キッペス先生の依頼であれば断ることはできない。臨床医の立場から見たスピリチュアルケアをスピリチュアルケアの専門家あるいはそれを勉強している人の前で講演をさせていただいた。講演の後には、多くの方から共感や励ましの言葉をいただいた。 今回、私は、特にフーバー神父の講演を楽しみにしていたのだが、急にこられなくなり中止となったことは残念で…

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夜のローソク行列

夜になってローソクの行列に参加した。ルルドの街中に並ぶ土産物屋で、長いローソクとその先に紙製の被いを買った。紙被いは提灯のような役目を果たし、賛美歌の詞が、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語などでそれぞれの言葉で書かれている。 聖堂と川の間にある広場には、ロウソクを手に持った人が次々と集まってきた。車椅子にのった患者さんが大勢参加しているのもルルドならではのことであろう。ヨーロッパ各国やアフリカからの黒人など、それぞれの巡礼団の地区の名前を表したプラカードをもってあつまる。 やがて、午後9時になるとスピーカーから賛美歌が流れ、行進が始まる。クリスチャンの間の有名な賛美歌ばかりなのだろう。それぞれの人は自分の国の言葉で一斉に合唱しながら一歩一歩と進んでいく。歌が終わるとウオッーという歓声と共にロウソクをひときわ高く掲げる。川沿いの道を歩き、正面の玄関まで行き、そして最後に聖堂の前まで1kmほどであろうか。聖堂の左にはひときわ大きい灯がみえる。 世界の各地から集まった人が、言葉は異なっていても同じ歌を合唱し、希望の灯を手にかざして歩くさまは感動的だ。周りの人との一体感が得られる。このような行列が特別の祭りの日だけではなく、毎晩毎晩2万人から3万人が参加して行われていることは驚異的なことだ。 宗教のもつ一体感とはこのようなものなのだろう。共通の歌をもち、声を合わせてそれを歌うだけでも、人は心を許しあうことができるのではないだろうか。カソリックの人々がキリストの教…

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Accueil Notre-Dameノートルダムもてなしの施設

ツアーの最初の活動はルルドー Accueil Notre-Dame [もてなす施設]の見学から始まった。Accueilは病院でもホスピスでもない。ルルドを訪れる世界各地からの巡礼グループの患者さんのための宿泊施設といった方がよいだろう。  所長のジャクリーンさんが出迎え、施設の内容を話してくださった。質疑応答する時間も十分にいとった後、院内を案内していただいた。  言うまでもなくルルドはカソリックの聖地であり、所長もその敬虔な信者の小児科医である。しかし、この施設は、世界のあらゆる国、あらゆる宗教の患者さんを、貧富、人種、職業、身分で差別することなく受け入れているという。私は、それでこそ、スピリチュアルな施設であるといえるだろうと考えたが、カソリックの信者さんの間にはこのことに対する不満はいのであろうか。  前ローマ法王ヨハネ パウロ2世がここに泊まられたことがある。ジャーナリストの関心は、もっぱら法王がどんな部屋に泊まられたかという低俗なものであったという。実際に法王が泊まられた部屋の中まで見せていただいた。そこは、6床のベッドが置かれている普通の大部屋であり、他の部屋に比べてドアや内装なども特別に変えた様子もない。  もう、100年以上が経過しているルルドの患者収容施設として、身分や貧富を分かたず受け入れようとしてきたことが、この病院の設計からも理解することができる。そうでなければ、新しい施設にする際に特別室を設けていたであろう。病者を差別しないという姿勢は、所長の…

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ルルドに到着

フランクフルト空港で降りると、直ぐに乗り継いで、南フランスのツールズ空港に向かった。ルルドーはそこから更に南に向かいスペインの国境近くにある。 空港には大型のバスが待っており、快適なバスツアーとなる。バスの中ではマイクを使って参加者20人の自己紹介がおこなわれた。皆さんはそれぞれに色々な思いをもって、この研修旅行に参加されている。 牧師さんやシスターの方もいらっしゃり、クリスチャンの方が多いことは確かであるが、他宗教や無宗教のかたも多数おられた。看護師や助産師の方、ボランティアとしてスピリチュアルケアに興味を持っている方、大きな病気をもち手術をおえて参加した方など、様々な背景を持った人が参加している。医師の参加は、長崎のXX病院から派遣された山口先生と私の二人だった。 更にバスに揺られて2時間余り、古い街並みに入りバスがようやく通れる程の細い道をたどって目的のホテルに着いた時は、もう21時を過ぎていた。関西空港の集合時間から計算すると、もう20時間以上が経過している。古いつくりのホテルであり、私の部屋にはコンピューターを充電するためのコンセントもなかった。電話線をコンピュータにつないでみたが、インターネットにつなぐことができない。昨年の学会でフランスボルドーとドイツハイデルベルグに来た時には簡単につながったのに。一昨年はインドでさえも苦労しなかったのにと思うと、ホテルが古い建物であることがうらめしい。 フランクフルトからの飛行機の中で軽食のサンドイッチが出ていたが、何だか…

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帰国

昨日、ルフトハンザ機によりフランクフルトから関西空港に着き、フランス・ドイツでの癒しの研修旅行より帰国した。 宿泊には、マリアフリーデンのエイズホスピスでの宿泊施設、スツッツガルトの修道院の宿泊施設、アウグスブルグの神学校の寄宿施設などを利用したため、ドイツ滞在中に殆どインターネットにアクセスができなかった。 朝の6時30分には活動が始まり、夜も9時過ぎまで研修があり、バスの中でもその時間を利用して反省会などがあり、文章もほとんど書くことができなかった。 これから、ルルドを皮切りに研修旅行記を書こうとおもうが、とりあえずは、ルルドでの写真をアップした。左の下のアルバム一覧の中の癒しの旅に入っている。写真の方も徐々にアップして行きたい。

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「自然農法の農園では」 その2

「自然農法の農園では」について 何と一ヶ月以上にわたりコメントの続く人気記事となりました。と言うより、長友邦之さんのコーナーになっている感があります。 継続を期待して新しい場に移します。

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現代社会の悪魔祓いとは

上田紀行さんの「スリランカの悪魔祓い」には、悪魔に魅入られ体や心の具合を悪くした人が、悪魔祓いという儀式をとおして、村人との関係性を回復していく様子が描かれています。悪魔祓いをうけるのは、病院に行ってもよくならなかった患者さんであり、お父さんが元気をなくし畑にも行けない、子供が学校をこわいと閉じこもってしまう、出産を控えた妻が毎夜悪夢をみるなどを訴える人が対象です。 悪魔祓いというと、おどろおどろした陰湿なものを想像しますが、スリランカでは楽しく陽気なものであり、病気直しの村祭りに相当するというのです。徹夜で行われる活気ある儀式であり、踊りあり、お笑いありの村人の娯楽です。そして、その儀式をとおして、病人は周りの人との関係性を再構築するのです。 この本を読んで、私はアルコール依存症や拒食症の患者さんを思い浮かべました。 患者さんの多くは家族や社会との関係性に問題を抱え、その関係性の修復や回復に悩んでいます。これらの患者さんに対して必要なのは、スリランカの農村部での「悪魔祓い」に相当する、現代風に形を変えた儀式ではないかと思うのです。  私は消化器を専門とする内科医であり、拒食症の患者さんにも何人か関わってきました。多くの人は、父親が不在で存在感が薄かったり、母親は逆に厳格すぎて過度に干渉的であり、家族や周囲の人との関係性に悩んでいます。そして、悪魔に魅入られたかのように、何かのきっかけで拒食症となると、そこからの回復は容易ではありません。 周囲の人との関係性の再構築のため…

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現代医療とスピリチュアリティ   その3

スピリチュアルブームの到来?  最近、霊視などにより相談や助言をするスピリチュアル・カウンセラーがブームになり、テレビなどでもよく見かける。これらももちろんスピリチュアルであり、宗教にはそのような1面があり、私はそれらを否定しないが、現時点ではこのような意味でのスピリチュアルを医療の現場には持ち込まないほうがよいと考えている。 これらには偽者やまがいものが多く含まれており、スピリチュアルという言葉の印象を怪しいものにしてしまい、医療にスピリチュアル・ケアを導入するにあたって、むしろ足を引っ張る結果にならなければよいがと危惧している。 万教同根とスピリチュアリティ  スピリチュアリティとは、生きる意味や生きがいなど人間の本質的な部分への関わりを意味する。そして、宗教の最も本質的な部分の一面を表しているともいえる。さらに、個人やグループ、コミュニティのそれぞれの持つ価値観を大切にしようとするものであり、私は、それが自分の信仰する大本の万教同根の教えに近いものではないかと考えている。    宗教の組織や巨大教団は、権威主義的であったり、宗教を金儲けの手段に堕落させたり、オウム真理教のように破壊的な反社会的な行為をするなどの歴史をもつものがあり、日本では宗教に拒否感をもつ人が多い。特に戦後の教育を受けた世代ではそうであるし、オウム真理教事件以来その傾向は増大している。  しかし、一方で、五木寛之氏、玄侑宗久氏、瀬戸内寂聴氏などの書かれた本が次々にベストセラーになるなど、宗教心や宗教性…

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現代医療とスピリチュアリティ  2

スピリチュアル・ケアの現状 スピリチュアルな痛みに対処することをスピリチュアル・ケアというが、欧米の諸国では、すでに国家の医療制度の中に公に組み込まれている。 例えば、ドイツでは連邦共和国基本法(憲法)の中で、医療施設でのスピリチュアル・ケアが保障されており、多くの医療施設に魂の配慮部(Seelsorge)が設置されている。 英国の医療施設にはパストラルケア部があり、英国の国家医療制度(NHS;National Health Service)からは公的なガイド本(「NHSにおけるスピリチュアル・ケア;医療を委託する関係機関と委託されている医療機関へのガイド.NHS連合」)が出されている。 米国では、患者の権利としてスピリチュアル・ケアを受けられることがうたわれており、病院の認可や評価にも関係する。 これらの国はキリスト教が主の国々であるが、例えばイスラム教徒の人にはその人の求める形でのスピリチュアル・ケアを提供することが求められている。 ちなみに、1985年頃私が留学した米国ニューヨーク市ブロンクス退役軍人病院は、国の公的機関の病院であるが、その中に礼拝堂が設けられており、宗派を問わずに利用可能であり、チャプレンと呼ばれる聖職者がスピリチュアル・ケアのサービスを担当していた。基本的にはチャプレンはその宗派の人にケアを提供するが、宗派を超えて対処する場合もある。 一方、わが国では、スピリチュアル・ケアは、今まで医療の中で意識的に避けられてきた問題である。キリスト教系…

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現代医療とスピリチュアリティ

医療の中でスピリチュアリティを見直そうとする時代を迎えている。医療において科学万能とされてきた時代には、スピリチュアリティは排除されてきたが、今それが見直されようとしている。ここでは現代医療においてスピリチュアリティがどのようにとらえられているかについて述べ、宗際活動との関係についても触れる。 スピリチュアリティとは 医療においてスピリチュアリティという言葉が使われるのは、それ程の長い歴史があるわけではない。スピリチュアリティを、日本語にあえて訳そうとすれば「霊性」であり、スピリチュアルは「霊的」となろうが、霊そのものの理解が難しい現代社会では、霊という言葉が誤解を受け易いことから、現在もスピリチュアリティのままで使われている。 それでは、スピリチュアリティとはどのように使われているのであろうか。まず、緩和医療と呼ばれる「がん」などの不治の病の終末期医療において、スピリチュアル・ペインやスピリチュアル・ニーズという言葉が使われる。そして、WHO(世界保健機構)で健康の定義が議論された時、健康を考える際の4次元のひとつとしてスピリチュアルな次元があげられた。そして、アルコール依存症患者の間の患者の集まり、AA(アルコールアノニマス)と呼ばれる自助グループの活動の目標として、スピリチュアル・グロース(霊的成長)が挙げられている。 スピリチュアル・ペインとは スピリチュアル・ペイン(痛み)とは、死を目前にした患者が、「なぜ、こんな病気になってしまったのか」「どうして、私がこの病気で死な…

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大好きな皆様へ 死にゆく人からの最期の挨拶

長い間大変お世話になりました。 皆様と知り合うことができて、 本当にうれしかったです。 人生の半ばで、 まだまだ頑張らなければならない時に、 このようなことになってしまい、 心苦しく思っております。 ご心配をおかけして大変申し訳ありませんでした。 皆様のご親切と励まし、 ご好意に心から感謝いたします。 私は、病をもってからの方が、 以前より自分らしさが表現でき、 自然な姿の私でいられました。 大勢の方々に囲まれて、 家族に愛されていることを感じ、 幸せな日々でした。 健康で活動している頃は、 他人と自分を比較し、高い目標を持って それに向かうように努め、忙しく余裕もなく、 自分のおかれている状況に満足することなく、 日々を過ごしていました。 自分に咲いている花に気がつきませんでした。 病になってから、 やっと私にとって何が大切かわかりました。 ありのままの私でいればいいということ。 友人と語り合うこと、交わり合うこと、 お互いを思いやりあうことが、 私の心をほっこり暖め、 生きることが楽しいと思えること。 時には耐えることも必要であるということ。 心配の先取りはしないで、 神様のご計画に従っていればよかったということ。 そのために、 週にたった一度の平安な神様との時間を必ず持てばよかった。 力を入れる必要はなにもなかったのです。 私はこの短い人生の中で、神様を忘れて、 自分の道を行こうとしている時がありました。…

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柳澤先生の葬儀でのご挨拶

本日は、お忙しい中を、妻恵美のためにお集まりいただき、本当にありがとうございました。 恵美は11月14日午後5時5分、神様の御許へと旅立って行きました。 最期はおそらく苦痛はなく、静かに、安らかに家族全員で見送ることができました。 簡単に経過をご説明いたします。 妻の乳がんが見つかったのは、昨年の4月のことでした。 4月25日に手術を受けました。 手術の結果リンパ腺への転移が見つかり、6月から約1ヶ月、放射線療法を受けました。 その放射線治療中に肝臓への転移が見つかりました。 7月から化学療法を約6ヶ月受けました。 この抗がん剤による治療は、恵美にとって非常に苦痛を伴う治療でした。 しかし、肝臓に転移したがんは完全には消えませんでした。 約1年間、わずかな希望を持って、あらゆる治療を続けてきましたが、今年の4月から、 方針を変えました。 完治しないのであれば、残された人生をいかに生きるか。 非常に難しい決断でしたが、命の量より質、Quality of Lifeの充実を選択したのです。 それからの半年間は本当に充実した人生でした。 やりたい事をやり、行きたいところへ行き、会いたい人に会いました。 家族と心の底まで分かり合える時間を、十分に持つことができました。 子供たちに何を遺すか。 10年後までのバースデーカードを書きました。 絵本を3冊書きました。 子供たちに教えなければならない事や、子供のための死の準備教育をテーマにしたものです。 …

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亡父の20年祭で

父親が他界してよりもう20年になる。昨日、四国に日帰りで訪ね、20年祭を済ませてきた。教授就任を報告し、心から尊敬をすることのできる父親を持つことができた喜びを、私は父に伝えた。 """"""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""" 「患者の生き方」 より 病のもつ意味を考える    次の文章は、1997年の頃に私が末期がんの患者さんの家族などに手渡していたものです。全ての人に渡していたわけではありませんが、この人には伝えたいと思った時には、コピーを渡していました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 病とその意味 医師になって17年が過ぎ、その間に医師として、病との接し方や病に対する意識に何回か大きな変遷がありました。 卒業後間もない頃は、生命に重大な影響をおよぼす疾病さえ見逃さなければよいという意識で、患者さんを診ていました。その頃の私は、検査で調べても異常のみつからない時には、その患者さんは医療の対象でないかのように考えていました。病気の診断に必要な検査を組み、その結果を解釈することが、医師の仕事であり、治療は疾患が診断さえできれば、自動的に決まりマニュアルに従っていればよい。それで治らない病気はしかたがないと考えていました。 ある雑誌に、大学病院で亡くなった患者さんの家族に対して、「私はちゃんとこのマニュアル…

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自然農法の農園では

時々コメントをしてくれている邦之さんの農場での話です。 meguさんの期待する「多様性の強さ」の話題とも関係します。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  以前より農業に対する興味はありましたが、なかなか接する機会はありませんでした。 私が神奈川県の自然農法の農園に寄せていただいたのは、10年来診ている拒食症の患者さんMさんに、何とか食べることに興味を持ってもらえないかと、思い悩んだことがきっかけでした。  Mさんは、食べることができず、一年間近く自宅でおこなう中心静脈栄養という高カロリーの点滴治療に頼っていました。一度でも野菜などが育ち、収穫されるところを見てもらえば、食べ物や食べることに対して何かを感じてくれるのではないかと考えました。ちょうどこの頃、養護学校の校長をされていた長友邦明先生が、退職後に農場を営んでおり、一度遊びにこないかと誘いを受けていました。そこで、休日に一度農場に寄せていただくことになりました。  その農場は、農薬や化学肥料を使わない有機農業により営まれていました。水をまいたり、畑を耕したり、鎌を使った稲刈りの機会まで得ました。茄子、トマト、オクラ、大根、小松菜、白菜、牛蒡、芋などの作物も収穫しました。長い牛蒡(ゴボウ)を土の中からぐっと一気に引き抜くのは快感でした。これがゴボウ抜きの語源だそうです。  私にとって初めての体験ばかりでしたが、それらを通じて、農業では土(大地)、水、日(太陽)の恵みを生活の中に感じられるこ…

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今頃お花見?

昨日は、桜のお花見をしてきました。しかも、境内には残雪が。 札幌円山公園の隣、北海道神宮での風景です。 札幌ではこれからが春となるのです。 桜の後に梅が咲くとか聞きましたが、そんなことってあるのかと 不思議に思いました。 北海道の病院栄養士の研究会に招かれての講演でした。 90分間は長いですねとか言いながら、 内容を欲張りすぎて絞りきれず時間を超過する始末。 長くてすみませんでした。北海道の栄養士の皆さん。 さすがに私も懲りているため、若い女性ばっかりの前ではタヌキの金○○の話は 禁句でした。まあ、少しの余韻は残したのですが。 昨年夏から学会や講演会のたびに、その土地の代表的な神社を訪れています。 名古屋 熱田神宮、京都 下鴨神社、福岡 はこ崎宮、 三重県 伊勢神宮、北海道 北海道神宮 と 中々よいペースでお参りがすすんでいます。 ここで問題。この中で一の宮でないのはどれでしょう? それぞれの神社には鎮守の森があり、その空気に触れるだけでも すがすがしい気持ちになります。

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明日は伊勢参りへ

今日は、三重県での肝臓病病態栄養研究会での講演に招かれて津市に来ている。ゴールデンウイークの最後の日だというのに、多くの参加者が集まり、肝臓病と栄養・運動・情報提供についてお話した。講演後には熱心な討議もいただいた。講演後に色々な意見をいただき、討論することも楽しみのひとつだ。 三重大学では、C型慢性肝炎の患者さんに鉄制限食を指導し、治療に成果をあげている。今度、鉄制限食のための本を出版予定とのことであった。瀉血療法の延長上にこの鉄制限食があるが、瀉血と同等の効果を得ているようだ。 最近、全国各地での講演に招かれたときに、時間が許す限り、その地区の一ノ宮に相当する神社に行くことに決めている。今年に、福岡では筥崎神宮へ、1月に京都の下賀茂神社へお参りした。今回は、当然ながらお伊勢参りだ。もう少し時間があれば、熊野神社にも足を伸ばしたいところだが、お伊勢さまがさきだ。明日、三重大学の垣内先生が一緒に行ってくださると言う。 大きな神社では古くからの鎮守の森が残されており、お参りするとすがすがしい気持ちになれる。特に三重県は、伊勢志摩の風光が明媚であり、食べるものの美味しい。この地方に住む人は何と幸せなことだろう。

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がん患者へのサポート

本日の終末期病態学の授業に、ジャパン・ウエルネスの竹中文良先生にきていただくことができた。 竹中先生は、「医者が癌にかかったとき」を1991年に書かれた。自分が癌になるという転機から視点が医師から患者に移動をしたのだろう。その後、日赤の看護大学の教授をされていたが、退職後NPO法人のジャパン・ウエルネスをたちあげられた。ご自分の退職金など私財をなげうって、この活動を開始された、と親戚の片山先生よりお聞きしている。 竹中先生は、先々週は日本消化器病学会で、来週は外科学会でがん患者のサポートについて講演をされるという。確実に時代が変わりつつあることを竹中先生も実感されている。私にとって、先輩に当たる同士だ。 このようながん患者のサポートの実地医療とそのシステム化を行っている竹中先生にきていただけたのは、本当にありがたいことだ。それは、学生に夢を感じているからに違いない。教育は植福にもつながる。自分の理想とする医療を次世代に伝え、その実現を期待し願うことで幸福になるからだ。 教育はその意味で幸せな機会である。まだ現実に染まっていない学生に、夢を托すことができるからだ。自分のまいた種がどのように育つのかをみとどけ、その収穫をもってこの世を去ることができれば、それ以上の幸せはあるまい。 医者が癌にかかったとき ウエルネス・コミュニティー―がんに克つ人、負ける人

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日本の宗教界の協力・協働作業の芽生え

 4月4日午後、教団付置研究所懇話会; 第1回「生命倫理・研究部会」が開かれた。わが国の宗教界各派の教えを研究する施設である教団付置研究所のメンバーが集まり話し合う会 「教団付置研究所懇話会」が発足した。その懇話会の最初の公式活動である第1回「生命倫理・研究部会」が、浄土宗総合研究所(港区増上寺内)を会場に開催された。  参加した研究所は16研究所から32人、オブザーバーを含めて39人が参加した。NCC(日本キリスト教協議会)宗教研究所、大本教学研鑚所、(孝道教団)国際仏教交流センター、金光教教学研究所、浄土宗総合研究所、浄土真宗本願寺派教学伝道研究センター(西本願寺)、真宗大谷派教学研究所(東本願寺)、西山浄土宗教学研究所、曹洞宗総合研究センター、玉光神社、智山伝法院(真言宗智山派)、中央学術研究所(立正佼成会)、天台宗総合研究センター、中山身語正宗教学研究所、天理大学おやさと研究所、新日本宗教団体連合会(以上五十音順)が参加するなど、仏教、神道、キリスト教、新宗教など幅広い宗教教団の集会であり、宗教と社会とのつながりを生命倫理に対する見解をとおして話し合う画期的な集りであった。オブザーバーとして、アン・モンゴベン女史(東大客員研究員、インディアナ大学宗教学部助教授)、町田宗凰氏(東京外語大学教授、比較宗教学)、岡 宏氏(宇部看護専門学校講師、倫理学)、佐藤雅彦氏(大正大学)、その他、新宗教新聞社、仏教タイムス社の記者も参加していた。  研究部会は、午後1時から4時45分までの約4時間にわた…

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新学年の開始

 前回の記事より丸3日ほどご無沙汰しておりすみません。  4月1日より、新しい年度が始まりました。つまり、年末と正月が来ているわけですが、とりわけ今年は、異動があり、新しい職場での仕事の開始、カリキュラムの変更部分に関する手続き、新しい職場への引越しなどを抱えています。また、今までの仕事の延長でたまった期限遅れの原稿もいくつかあり、四苦八苦している状態です。  特に、明日は日本の宗教界の教団に付属する教学の研究所の集まりで、生命倫理を討議する会の第一回目があり、そこでの講演を依頼され準備中です。仏教各宗派や神道、キリスト教などが集まる宗教協力の始まりという歴史的な会でもあります。これをきっかけに、主教の各教団がその差の部分に目を向けるのではなく、共通する部分を認識し、社会にもはたらきかけていくきっかけになれば素晴らしいことと思っています。  明日には、その会についての報告をする予定です。

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現代医療とスピリチュアリティ

 第19回国際宗教学宗教史会議世界大会(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/iahr2005/)が東京品川で開かれている。昨日のパネル「医療とスピリチュアリティ」(3月29日)でスピーカーの一人となった。宗教学という私にとっては場違いな学会であり、しかも英語による発表とあって、準備期間から緊張をしていた。  パネルの司会をつとめる上田紀行さんは、日本に癒しブームをつくった張本人といわれる文化人類学者である。文化人類学者が東工大助教授というのも不思議だが、江藤淳さんも東工大教授であったことを知ると納得ができる。まだ、20歳代の頃に、スリランカでフィールドワークをし、悪魔祓いの儀式から癒しの本質をみとめ、「スリランカの悪魔祓い;イメ-ジと癒しのコスモロジ-」 (徳間書店;講談社アルファ文庫)をあらわした。  最近では、港区青松寺で仏教ルネッサンスやボーズビー・アンビシャスなどの会を開き、葬式仏教からの仏教の離脱を目指す運動をおこしているhttp://www5.ocn.ne.jp/~seishoji/runeframe1.html。近著「がんばれ!仏教」(NHKブックス)や「生きる意味」(岩波新書)では新しい時代に向かっての仏教のあり方を模索している。  上田さんの司会の下、ドイツの哲学者スタインベックさん、アメリカからの生命倫理学者モンガバンさん、順天堂大学病理学教授の樋野興夫さんと私の4人のスピーチではじまった。樋野先生の発表は、がん哲学であり、まったく予想外の展開で…

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キッペス先生、こんにちは

加藤先生。メールありがとうございました。お会いできるとうれしいです。 今月末、東京に行く予定があり、もし先生のご都合がよろしければ下記の日時の いづれかにぜひお願いします。 ① 1月29日(土)午後6時~ ② 29日(土)午前中~11時30分頃まで(四谷での会議) ③ 28日(金)午後6時~ (ホテルXXでの宿泊) 切符の手配などしますので、早めにご連絡いただければ助かります. 2005年1月4日、久留米市の臨床パストラルケア教育研修センターをベースに活動される神父さま キッペス先生より、突然、日にちを指定して会いたいとのメールをいただいた。(http://www.pastoralcare-jp.net/pastoral/japanese/jmenu2004.htm) 昨年10月に東京大学の島薗先生が主催される研究会でお会いし(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/shiseigaku/ja/gyouji/gyouji_k041030.htm)、紹介され、その後一度メールのやり取りをしたばかりであった。私もキッペス先生には一度個人的にお会いし、話をうかがいたいと思っていたのため、迷うこともなくイエスとのメールを返した。②と③は既に他の予定が入っており、必然的に①の1月29日午後6時にお会いすることとなった。  1月29日、新宿伊勢丹会館の「あえん」で夕食を一緒にしながら、キッペス先生よりスピリチュアルケアについて色々な話を聞かせていただいた。周囲の…

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