ブログ22ヶ月

神宮の銀杏並木が美しい季節を迎えました。今がベストです。雨により落ちた葉が敷き詰められた並木道を気持ちよく歩いてきました。 忘年会・新年会とお酒を飲む機会多いシーズンでもあり、この季節になると私も新聞や雑誌の取材がおおくなります。MELITには、お酒に関する記事を掲載していきます。

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ブログ18ヶ月  自由の広場

お盆になり東京でも道路がすいている場所と混んでいる場所が極端に普段と異なる。 今年の夏はドイツからヴェレス教授をお迎えするため、それ以外には大きな計画をしていない。 ヴェレス教授は、ハイデルベルグ大学の心身医学の教授で、がん患者の精神的ケアなどを研究されている。今回、キッペス教授がドイツでのスピリチュアルケアを紹介していただくためにと日本にお招きした。8月21日からの2週間で京都、鹿児島、長崎、東京と4ヶ所で7回の講演をお願いしている。超過密なスケジュールが気になる。 「がんを超えて生きる-生きる意味の再発見-(人文書院)」の著書がわが国でも販売されている。これを読んだ時、私の「患者の生き方」とほぼ同じ考えで書かれた本であることを知り感激をした。 ご自分でもピアノ演奏をされ音楽療法を手がけられる。そして、写真家でもあるという。ご本人のHPには美しい写真と音楽が紹介されている。 http://www.rolf-verres.de/ 京都での8月24日木曜日、あるいは東京での8月31日木曜日の講演会にご興味ある方は、以下のアドレスまでご連絡下さい。 medlite@msn.com ロルフ・ヴェレス教授  ハイデルベルグ大学医学部心身医学病院医療心理学教室主任教授。専門はサイコオンコロジー、健康心理学、主観的疾病論の研究、音楽療法。1948年北ドイツ生まれ。1968-1975年 ドイツのミュンスター(Münster)とハイデルベルグ大学とアメリカのスタ…

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ブログ16ヶ月 みんなの広場

ドイツでのワールドカップが始まり、いよいよ今日はオーストラリア戦となった。あまりじっくりとはみていないが、ドイツの開幕戦以来そのレベルの高さに驚かされる。優勝候補と思われる国でさえ、楽勝できるチームはそれ程ない。 やはり、4年間の中でコンディションを最高に持ち上げてくるのだろう。どこの国も真剣だ。開幕戦前のドイツと開幕後では大違いだ。いや、まだまだ、決勝戦にむけてウオーミングアップのチームもあるのだろう。 こんな中で日本はやっていけるのだろうかというのが、正直な気持ちだ。日本はオーストラリア戦をピークに持ってきていてもよいだろう。ここで負ければもう後はない。ここで、勝てれば勢いで決勝トーナメントにさえ行けるかもしれない。 わが家のジーコも心配だ。余りに日本が惨敗してしまうと、ジーコはこき下ろされるに違いない。もう、外ではジーコと呼ぶのも憚られるかもしれない。その時には、わが家のジーコはジー様と呼ぼうと今日家族会議で決定した。 前立腺が大きくてと去勢されてしまったジーコは、もう欲が食欲しかなくなり、メスへの興味がグンと落ちてきた。さびしい事だが、もう、ジー様と呼ぶにふさわしいだろう。 ブログを始めてより、色々な人とブログを通じて知り合うことができた。現在、私の医療に関する記事のメインはMELITに移行しているが、このブログサイトも離れがたいので何とか維持をしたいと思っている。 こちらのブログではジー様とドラ犬の写真のアップを中心にしようかと、考えている。

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ブログ15ヶ月 自由の広場

ブログを開始して15ヶ月になった。 このところブログの更新が滞っている。このブログだけでなく、MELITの記事も更新できていない。 その理由の一つは新学年度が始まったことにあるが、特にこの4月から上智大学での講義が始まったことこともある。「医学一般」という講義を総合人間学部社会福祉学科で受け持つことになった。昨年まで慶應大学医学部の教育センター長の天野教授が講義されていたが、その後任を引き受けることになった。 医学は細分化・専門化されており、「医学一般」という範囲の広いテーマではちょっと荷が重い。そのような広いテーマの講義を1人で引き受けようなどという人は、余りいないことだろう。1人でカバーするには余りにも広すぎるからだ。 その分野の専門家を何人も講師に迎えて、講義を構成するすることが多いのだろうと思う。しかし、私は1人の講師により、このようなテーマを講義をすることにも意味があるのではないかと考えた。それは、丁度専門家が分担執筆した教科書が無味乾燥で、面白くないことが多いのに対して、1人の著者が丁寧に作った単著の本には、その根底に流れる思想が感じられ興味を引く内容であることも多いからだ。 私は、社会福祉学科を卒業してソーシャルワーカーになる学生に何が必要だろうかと考え、医療と社会の接点に重点をおきながら講義を構成している。http://www.sophia.ac.jp/syllabus/2006/gakubu/1284_84560.html  最近はあちこちで講演を引…

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患者の達人に学ぶ 

昨日、NHK 生活ほっとモーニングの番組で 「患者の達人に学ぶ」 というテーマがとりあげられた。 「達人」という言葉に メリットの執筆者の一人で番組にも出た sin さんは抵抗を持つようだが、私は達人も大衆化されて良い時代だろうと思う。そして、慢性病には、色々なレベルの達人がいて良いだろう。 病気の初心者は、色々なレベルの患者の達人を見て、学び教わることができる。 あるいは、患者さん同士でしか得られない情報もあろう。 喘息患者 Aさんは病気の知識に関する試験を受け、喘息の熟練患者の認定をもらい、自分の生活を自分自身でコントロールされ、他の患者さんの指導にもあたっている。まさに、理想の患者の達人であった。 しかし、初心者にとってそんな達人は高すぎる存在かもしれない。 そんな時は自分よりちょっと上の先輩の方が良いお手本になることもある。 NHKの担当者が最初に来られてからもう半年になる。 患者さんどうしの情報交換がこれからの医療に必要になるというと、それを元にして、色々な角度から勉強されていた。 喘息の熟練患者もその一つであるし、スタンフォード大学の患者教育プログラムを導入した日本での活動もその一つだ。私にとっても初めて知ることであり、大変参考になった。 肝臓病教室でやっているグループワークとそっくりのことが、スタンフォード大学でも行われていたのだ。 これも「患者が主役」という医療に訪れた一つの大きな時代の流れの変化であろう。同じようなことが、色々な場…

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ブログ開設 1周年  自由の広場

ブログを開設して、今日が丁度丸一年目にあたる。 不思議なもので、おっかなびっくり開設した最初の日にアクセスし、コメントしてくれたのが sin さんである。初めの頃の記事を読むと、まだコメントやTBのしかたも知らずにやっている自分がいて面白い。一年でもう3万件を超えるアクセスをいただいたことは驚きだ。 最初に出会った sin さんにも加わってもらい 医療情報リテラシーのサイト MELIT をたちあげることができた。ブログを利用する新しい形の医療情報リテラシーのサイトとして、NHKでも取り上げていただいた。 ブログのよい点は、通常のホームページとはことなり、一方向性の情報の発信だけでなく、コメントやTBにより双方向性にコミュニケーションできることだ。 患者同士、医療者患者間などの情報のやり取りにより、医療情報の読み方を自然に身につけることができるかもしれない。また、患者間の情報交換は、それ自体がスピリチュアルケアの意味をもつかもしれない。そんな期待も広がる。 MELIT 開設の初期より、MELIT運営に参加してくれた人は、このブログで知り合えた人ばかりだ。 東北地方、関東、関西、中国地方の住人と、普通なら全く知り合う機会もないような人と不思議な縁で出合った。インターネットは、同じ様な考えをもつことで集うことができる地域性をこえたコミュニティだ。 あるいは、高シトルリン血症や若年性パーキンソン病など自分の周りにはいないような珍しい病気の人の間でのコミュニケー…

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「たぬき」 について

「「肝臓病教室のすすめ」 より」について どうも、私がたぬきだという話がいきなり出てきては、意味不明ですので、タヌキの由来をTBさせてもらいます。 http://bella-donna.at.webry.info/200602/article_1.html

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何とか 無事 帰国

昨日、夜、コルコタ(カルカッタ)よりバンコック経由で帰国しました。 コルコタでは、マザーハウスに訪れ、カリーガートというヒンドゥー寺院の境内にある「死を待つ人の家」でボランティア活動をしました。映画にもマザーテレサが追い出されそうになる場面が出てきた施設です。 医師とは言いながら、内科医では、現地の医療には全く役に立たず、もっぱら素人としての活動です。 欧米や世界の多くの地では、このような病に倒れた貧しい人の救済から、病院は発生したのだそうです。ところが、わが国では、明治政府が西洋医学を導入する時点で、医療の対象をまず支配階級層や富裕層とし、科学主義を貫ぬこうとした歴史があり、病院におけるケアという概念が希薄になっってしまったのです。 その意味で、マザーハウスの「死を待つ人の家」の施設は、まさに医療の原点を体験できた気がします。日本からも若者が参加し、活躍していました。後ほど、「死を待つ人の家」での体験を下に、記事を加えていきます。

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「お客さんの指定の道はありますか?」

最近、タクシーにのって行き先を告げると、決まってこのように聞かれる。 タクシーの協会や会社での教育が徹底してきているのだろう。 東京は道が放射線状になっており、距離感がつかみにくい。そして、色々なルートがある。 客の思っている道と運転手の選んだ道が異なると、クレームがつくことも多いのだろう。 確かに、このように質問をしておけば、文句を言われる可能性は小さくなる。 客の選んだ道が工事で混んでいたとしても、自己責任だからだ。 「あなたは運転のプロなんだから、客に聞かずに自分で道を選びなさい。」 そんな返事をする客もいるかもしれないが、そういわれればしめたものだ。 その後には文句が言いにくい。 医療の世界にもこんな現象がすすんでいる。 医学教育で、クレームや訴訟を避けるためのテクニックとして、インフォームドコンセントが機械的に教えられるとそうなってしまう。インフォームドコンセントが文句を言われないための逃げの策にはなっていないのかとの視点が必要だ。 プロの選ぶ道と個人の好み。  個人の好みを大切にすることも大事だが、プロなら良い道を知っているだろう。 「運転手さんのお奨めの道はどういうルートですか?」 私の返事も最近は決まってこうだ。

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ブログ10ヶ月  自由の広場

ブログ開設から10ヶ月となった。 最近は、記事をアップするテンポがやや落ち気味であるが、一つはMELITの開設に伴うものでもありもう一つは、全国の各地で講演があり、忙しかったせいもある。 しかし、一番大きな原因は、締め切り遅れの原稿を沢山かかえていたせいであった。締め切りを過ぎた原稿をかかえながら、自分のブログに原稿を書く後ろめたさを感じる。 ようやく、締め切り遅れの原稿は一本のみとなり、やや身軽になったので、これからはしっかりと記事をアップしていきたい。 もう、街中のデコレーションは、すっかりクリスマス気分となってきたが、この12月には「いのちの研究会」の町田教授や島薗教授とともにインド・カルカッタを訪れ、マザーテレサが開設したマザーズハウスも見学する予定である。 マザーテレサの他人に対する思いやりの深さは勿論であるが、私はむしろその強さに魅かれる。あの強さはどこから生まれるのだろう。マザーハウスでその強さの秘密に出会えるかが楽しみだ。

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臨床パストラルケア第8回全国大会

11月12日―13日と名古屋で臨床パストラルケア教育研修センターの全国大会が開かれ、そこで講演をする機会を得た。キッペス先生が主宰する研究会の全国大会である。 http://www.pastoralcare-jp.net/pastoral/japanese/mousikomi/2005/zenkoku08/index.htm 昨年の今頃、東大のCOE「死生学の構築(リーダー島薗教授)」(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/shiseigaku/)のもとで行われたフート教授の講演会で、キッペス先生と初めてお会いしたが、その後キッペス先生とは深い関係(?)になり、スピリチュアルケアを学んでいる。 私は、今まで一臨床医としてスピリチュアルケアにも関心と興味をもってきたが、その専門家ではない。この4月に医学部から看護医療学部に異動があり、終末期病態学を担当することになり、スピリチュアルケアの勉強を始めたばかりだ。 島薗先生や村田先生、フーバー神父などスピリチュアリティの専門家の中で私が講演をさせていただくのは気恥ずかしい思いもしたが、キッペス先生の依頼であれば断ることはできない。臨床医の立場から見たスピリチュアルケアをスピリチュアルケアの専門家あるいはそれを勉強している人の前で講演をさせていただいた。講演の後には、多くの方から共感や励ましの言葉をいただいた。 今回、私は、特にフーバー神父の講演を楽しみにしていたのだが、急にこられなくなり中止となったことは残念で…

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ブログ9ヶ月 自由の広場

10月はずっと雨模様であったが、11月になり、ようやくすがすがしい青空の日が続いている。私のパソコンも新しいものに乗り換えて、10月のトラブル続きがウソのようだ。 毎月10日は、ブログの開始の記念日としてこのスペースを自由の広場として開放している。どんなコメントや質問、話題提供でも結構。ご自由に書き込んでください。 最近記事のアップがやや遅れ気味であるが、書きたいと思うことは貯まってきているので、徐々にアップしていきたいと考えている。 MELITともども、これからもよろしく。

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本格的再稼動の開始

購入した新しいPCに、必要なソフトをいれ、古いPCからのデーターの移行もほぼ終了した。ネットにもちゃんとつながる。もともと、データーカードでのネットへの接続不良から始まった今回の騒動であった。約10日間の悪戦苦闘でした。 LANDISKにもつながりバックアップをし、SDメモリーカードにもブリーフケースでデーターを保存、microsoft net の私のアカウントのカレンダーにもアウトルックの予定表の同期がうまく完了し、これでほぼ完璧と笑顔が戻る。 足指での入力練習はペンディング状態ですが、私のほうもこんな時間に書いているところを見ると、本格再稼動開始です。 とはいえ、締め切り遅れの原稿をかかえている身では、時間をかけての記事はまだ自由に書けません。

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ブログ8ヶ月  自由の広場

早いものでもう一ヶ月がたってしまった。振り返ってみると、8月の記事の更新は5件、9月は6件とやや停滞気味だ。 その理由の一つはMELITの開設がある。MELITの記事とこのブログの記事の書き分けを模索中だ。もう一つの理由は、締め切り遅れの原稿を抱えていることだ。締め切り遅れの原稿をかかえながらのブログの記事の更新は気が引ける。書きたいことはあっても書くだけの時間が取れないという悩みもある。もう一つは、インターネットに少し距離を保ちながら付き合いたいと思い始めたことがある。 フランス、ドイツへとホスピスの見学研修旅行をしていた時に、環境の理由でインターネットから離れる時間があった。その時に気がついたのは、自分がインターネット依存症になっているのではないかということと、インターネット上には依存症の人があふれているということである。 やはり、本来は現実の世界を大切にすべきである。インターネットにどっぷり使っている人には、そのような現実世界からの逃避の場を求めている人もおおいように思える。自分の好きなことだけを書いて、好意的な人だけを回りにおいてインターネットの世界にひたっているのは、健康な姿とはいえまい。 現実の世界の中で生き、現実の世界とかかわり、現実の世界をどう変えられるか。 現実の世界で傷ついた人が一時的な癒しの場として求めるのであれば、そのような場を提供できればと思う。そして、回復されれば現実社会に戻られると良い。そして、時々ここにも顔を出してくれるとうれしい。m…

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夜のローソク行列

夜になってローソクの行列に参加した。ルルドの街中に並ぶ土産物屋で、長いローソクとその先に紙製の被いを買った。紙被いは提灯のような役目を果たし、賛美歌の詞が、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語などでそれぞれの言葉で書かれている。 聖堂と川の間にある広場には、ロウソクを手に持った人が次々と集まってきた。車椅子にのった患者さんが大勢参加しているのもルルドならではのことであろう。ヨーロッパ各国やアフリカからの黒人など、それぞれの巡礼団の地区の名前を表したプラカードをもってあつまる。 やがて、午後9時になるとスピーカーから賛美歌が流れ、行進が始まる。クリスチャンの間の有名な賛美歌ばかりなのだろう。それぞれの人は自分の国の言葉で一斉に合唱しながら一歩一歩と進んでいく。歌が終わるとウオッーという歓声と共にロウソクをひときわ高く掲げる。川沿いの道を歩き、正面の玄関まで行き、そして最後に聖堂の前まで1kmほどであろうか。聖堂の左にはひときわ大きい灯がみえる。 世界の各地から集まった人が、言葉は異なっていても同じ歌を合唱し、希望の灯を手にかざして歩くさまは感動的だ。周りの人との一体感が得られる。このような行列が特別の祭りの日だけではなく、毎晩毎晩2万人から3万人が参加して行われていることは驚異的なことだ。 宗教のもつ一体感とはこのようなものなのだろう。共通の歌をもち、声を合わせてそれを歌うだけでも、人は心を許しあうことができるのではないだろうか。カソリックの人々がキリストの教…

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Accueil Notre-Dameノートルダムもてなしの施設

ツアーの最初の活動はルルドー Accueil Notre-Dame [もてなす施設]の見学から始まった。Accueilは病院でもホスピスでもない。ルルドを訪れる世界各地からの巡礼グループの患者さんのための宿泊施設といった方がよいだろう。  所長のジャクリーンさんが出迎え、施設の内容を話してくださった。質疑応答する時間も十分にいとった後、院内を案内していただいた。  言うまでもなくルルドはカソリックの聖地であり、所長もその敬虔な信者の小児科医である。しかし、この施設は、世界のあらゆる国、あらゆる宗教の患者さんを、貧富、人種、職業、身分で差別することなく受け入れているという。私は、それでこそ、スピリチュアルな施設であるといえるだろうと考えたが、カソリックの信者さんの間にはこのことに対する不満はいのであろうか。  前ローマ法王ヨハネ パウロ2世がここに泊まられたことがある。ジャーナリストの関心は、もっぱら法王がどんな部屋に泊まられたかという低俗なものであったという。実際に法王が泊まられた部屋の中まで見せていただいた。そこは、6床のベッドが置かれている普通の大部屋であり、他の部屋に比べてドアや内装なども特別に変えた様子もない。  もう、100年以上が経過しているルルドの患者収容施設として、身分や貧富を分かたず受け入れようとしてきたことが、この病院の設計からも理解することができる。そうでなければ、新しい施設にする際に特別室を設けていたであろう。病者を差別しないという姿勢は、所長の…

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ルルドに到着

フランクフルト空港で降りると、直ぐに乗り継いで、南フランスのツールズ空港に向かった。ルルドーはそこから更に南に向かいスペインの国境近くにある。 空港には大型のバスが待っており、快適なバスツアーとなる。バスの中ではマイクを使って参加者20人の自己紹介がおこなわれた。皆さんはそれぞれに色々な思いをもって、この研修旅行に参加されている。 牧師さんやシスターの方もいらっしゃり、クリスチャンの方が多いことは確かであるが、他宗教や無宗教のかたも多数おられた。看護師や助産師の方、ボランティアとしてスピリチュアルケアに興味を持っている方、大きな病気をもち手術をおえて参加した方など、様々な背景を持った人が参加している。医師の参加は、長崎のXX病院から派遣された山口先生と私の二人だった。 更にバスに揺られて2時間余り、古い街並みに入りバスがようやく通れる程の細い道をたどって目的のホテルに着いた時は、もう21時を過ぎていた。関西空港の集合時間から計算すると、もう20時間以上が経過している。古いつくりのホテルであり、私の部屋にはコンピューターを充電するためのコンセントもなかった。電話線をコンピュータにつないでみたが、インターネットにつなぐことができない。昨年の学会でフランスボルドーとドイツハイデルベルグに来た時には簡単につながったのに。一昨年はインドでさえも苦労しなかったのにと思うと、ホテルが古い建物であることがうらめしい。 フランクフルトからの飛行機の中で軽食のサンドイッチが出ていたが、何だか…

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ブログ7ヶ月 ルフトハンザ機より (自由の広場)

現在、関空からフランクフルトに向かう飛行機の中にいる。ルフトハンザ機には機内の無線LANが備えられており、インターネットにも快適にアクセスできる。 こうやってブログ7ヶ月の記事を機内で書きアップできるとは思ってもいなかった。 8月にはウェブリーブログのお薦めブログとしてとり上げていただいた。メリットの方も中では色々な問題は生じているが、順調に社会的にも認知されてきている。 このブログではプライベートな感想を写真を豊富に交えて書き、メリットでは公的に訴えるものを書きたいと現在は考えている。このブログのタイトルは公的に訴えるものであり、タイトルにそぐわないかもしれないが、メリットのブログとあわせて読んでいただきたい。 これからドイツでのホスピスを見学するツアーが始まる。日本はドイツから近代医学を導入したが、そのドイツと日本では病院の成り立ちも異なる。生活や医療における教会(宗教)の影響や文化も大きく異なるであろう。 しかし、わが国においてもスピリチュアルケアが必要とされていることは自明のことであると、私には思える。そして、それがどのような形で日本に生まれるのか。どの職種の人が担うのか?などあれこれと考えながら研修旅行を楽しみたい。

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心と魂のケアの研修旅行へ

7日、日本アルコール薬物医学会の理事会ために金沢に着いた。台風のために、予約していた飛行便は朝6時にあきらめ、急遽東海道新幹線に乗り、米原経由でたどり着いた。13時前には何とかたどり着いたが、JALホテルの31階で開かれた会議は、船酔いをするのではと思われるほどののゆれを感じた。 明日9日の早朝7時に、関西空港のカウンターで集合し、フランクフルト空港へと向かうため、8日午後のシンポジウムの司会を終えて、金沢から関西空港へと特急で移動し、空港内のホテルに泊まっている。 このブログでも以前に紹介したキッペス先生(http://katos.at.webry.info/200503/article_42.html) が開催する研修旅行に参加することとなった。ルールド、マリアフリーデン、シュツットガルト、アウグスブルグ、ミュンヘンへとホスピスを訪問し、ドイツにおけるスピリチュアルケアを見学する。 このブログでは旅の様子を伝えて行きたい。そして、メリットには医療の雑感を伝える予定だ。 乞うご期待。

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「正直なところ、イラクにいたほうがいい。」

9月14日のNews Week 日本版誌のperspectiveに、この言葉は紹介されている。ハリケーン・カトリーナの被災者が避難生活をおくる競技場スーパードームに送られた、米軍軍曹ディフェイスの言葉だ。ディフェイス軍曹は14ヶ月イラクに駐留していた経験を持つ。 避難所では、世界一といわれる文明国の国内の出来事とは信じられないような光景が繰り広げられている。強盗や略奪、強姦、そして暴動、人間不信。台風による洪水は天災ではあるが、その後に続く社会の混乱は、強者優先のブッシュ政権が生んだ人災ともいえよう。 イラクでのイラク国民はもっと強い不安感をもっているのだろうが、武器に守られた組織の中にいる米軍の軍人にとっては、ニューオリンズのスーパードームの方がより危険に感じらたのであろう。 弱者切捨て、強者優先の論理でおし進める市場原理は、日本の医療の世界にも訪れようとしている。 「強者だけが幸福になる世界では、誰一人として幸福にはなれない。」 そんな大切な教訓を伝えてくれる、ニューオリンズの出来事であった。 「文明とは何か?」 「人間は何を目指しているのか?」  あせることなく、じっくりと考えてみたい。 最後に、台風のために亡くなられた被災者の皆様のご冥福をお祈りしたい。

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肝と栄養の会

 昨日・今日と二日間、赤坂のキャピトル東急ホテルで肝と栄養の会が行われた。 肝臓病と栄養に関心のある医師や栄養士が40人ほど集まる、こじんまりとした研究会だ。 自由で活発な討論がしやすいようにと、あまり偉い教授連は入れずに第一線で働く若手ばかりで集まった会であるが、若手であった世話人も、そのまま年齢が9歳移行しており、もはや若手ばかりとはいえなくなってしまっている。 それでも、今構成メンバーはお互いに友好的であり、和やかに会話や議論が進み、私にとっても年に一度の集まりを楽しみとしている会である。 会の初期からの世話人のお一人に、このブログをいつも読んでいると言われて、恥ずかしいやら、うれしいやら。 ところが、そのような人でも中々コメントに書くのは躊躇されているようで、ROM(read only mennber)に徹しているそうだ。コメントをいただいている人以上に、読んでいただいている人がいることを改めて実感した。 その人から、メリットMELITがチョッと硬すぎるのではないかと、苦言を呈された。確かに、メリットはやや公的な性格を持ち始めているため、中々、そこには軽い冗談が書きづらい。 執筆陣もそれぞれに緊張しながら書いており、執筆陣の間でも、こんなことは書かないほうが良いとか、こういう書き方は気をつけた方がよいなど、お互いに監視しあっている。 私は、メリットももう少し肩の力を抜いて、サロンに集まるような気楽さで、医療の情報を集めたり、とらえ方、考え方を学べるような場…

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阿弥陀堂を訪れて

2003年の小泉堯史監督による映画 「阿弥陀堂だより」 の撮影現場を訪れた。 都会での過酷な勤務医生活の中で疲労しパニック症候群になった女医美智子が、夫の孝夫に連れられて田舎での生活を送ることになり、村人たちとのふれあいの中で回復していく姿が描かれている。 2年前に飛行機の中で放映されているのを見た阿弥陀堂だよりは、何よりも長野県の飯山市の美しい自然の風景が印象に強く残っていた。 緑の稲穂がまぶしい棚田が何段も続き、その先には千曲川がゆったりと流れる。さらに、向こうに青い山と空がひかえている。自然と人との柔らかな触れあいを感じさせられた。 日本人の心の原点が、この景色の中にはある。 冬に、もう一度訪れてみたい。雪の深い飯山の冬景色は、また格別であろう。

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ブログ6ヶ月  自由の広場

2月10日にブログを開始してより、丁度半年が経過した。6ヶ月の間に2万件をこえるアクセスがあったことは私にとっても驚きであったが、何よりもこのブログを通じて色々な人と出会うことができたことに感謝したい。そして、その人たちとの協働作業により念願のウェッブサイトMELIT(http://melit.jp/)を立ち上げることができたことも大きな収穫である。 さて、MELITとこのブログとの関係性についてまだ迷っていることも確かであるが、最初に立ち上げたインターネット上の私の島(基地)として、このサイトも続けて行きたい。これからは少し私的な内容をこちらのブログに、公的な内容をMELITのブログにとすみわけを考えている。 7月中旬から期末試験や成績の評価などで時間がとれず少しアップが滞っていたが、これからは少し時間的にも余裕ができるため、定期的なアップを続けて行きたい。 自由の広場はこのサイトに集まってきた人の親睦の場として提供している。ただし、ここでの会話には、あくまでも自由に楽しくが目的であり、他人に返事を強要することのないようお願いしたい。そして、他人を不快にさせる表現をとtったり困惑させる人には、ご退場を願うこともあることをご理解いただきたい。

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米国の医療を見本にして良いのか

日本の医療は米国を手本に追っかけています。医学界のトップにいる人も米国で学んできた人です。米国への医療の留学や見学も後を絶ちません。しかし、それは一面の良い点だけを見てきたものです。私は、米国を追いかけることを危惧します。 「患者の生き方」より ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 日本の医療はこれからどこへ向かうのか  米国の医療をまるで理想の医療であるかのように考えて、日本に導入することを、そして米国の医療に追いつき追い越すことを、夢見ている人がいます。医療に限らず、米国のやり方が最も進み最も良いと考え、それに統一化することをグローバリゼーションという言葉で正当化する動きがあります。 しかし、果たして米国の医療は、世界で医療の手本となれる程、よい医療を実現しているといえるでしょうか。 米国の医療を国全体として見る時、私は決して成功した医療とはいえないと考えます。米国の医療は、膨大な費用がかかり財政的に破綻をきたしています。保険会社がつぶれたり、大きな病院が合併したりと大きく揺れ動いています。しかも、米国では20パーセントの人には保険がなく切り捨てられており、まともに医療を受けられない人がいる上での話しなのです。  日本人が留学したり見学をして、学んでくる米国の一流施設での医療は、経済的に恵まれた人が受けることのできる、途方もなく高額な医療です。医師の数、看護師の数、コメディカルの数、設備、病院の空間、教育への時間のとり方、スタッフの数…

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セカンドオピニオンを求める先の医師をどうやって選択するのか

 セカンドオピニオンをえる時に、どの様な医師にかかるべきでしょう。セカンドオピニオンの目的は、まず安心をえるためです。もう一つは、治療法を自分で選択するためです。  安心のためのセカンドオピニオンは、最初の病院で治療を受けることをほとんど決めており、方針もほぼ決まっています。最終的には自宅から近い病院で治療を受けたいけれども、そこでの診断や治療法が間違っていないかを確かめるために、○○がんセンターでの意見を聞きたいなどという場合です。 この目的であれば、余り、ズバズバと言う医師のところへ行けば、かえって不安になります。安心のためであるなら、セカンドオピニオンを専門医ではなく、かかりつけ医や総合的な判断のできる内科医に相談し、病状や治療方針を聞き、解説してもらうのも一つの方法です。  相談の際に生じる一つの問題は、手術や治療を受ける予定の医療機関のレベルが、セカンドオピニオン医には解らない場合のあることです。そして、実はどの治療法を選ぶべきかどうかは、病院によってある程度異なります。 肝臓がんに針をさしてラジオ波で焼く技術(RF)に優れている施設もあれば、開腹手術の大変上手な外科医がいる病院もあります。あるいは、外科医が腹腔鏡下の手術を得意とし、より体に負担が少ない方法で、確実に腫瘍を取ることが可能な場合もあります。  針をさす治療では、胆道や血管を傷つけたり、感染や合併症を起こす場合があります。しかし、合併症に対処するチームが充実していれば、そのために事なきを得ている…

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セカンドオピニオンで開腹をまぬがれる

セカンドオピニオンを求められても、一番目の医師の下でどのような根拠でそう判断されたかが重要です。実は、2番目の方ががんを見落とす場合だってありえるからです。そうであれば、2番目の医師は一番目の医師の情報と総合的に判断する方がより確かになります。 私のところに胃がんだといわれて相談に見えた患者さんがいました。その病変ががんでないというためには、それなりの慎重さが求められるのです。 患者の生き方より ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 開腹手術をすすめられた患者さんの顛末 私の知り合いNさんは、通っている病院で内視鏡検査を受けました。その結果を聞きに言ったところ、「胃がんだったから、入院のうえ開腹手術が必要です。」と言われたというのです。 Nさんより相談を受けた私が、早速、内視鏡検査を再検したところ、胃の折れ曲がるところの胃角部に、潰瘍を繰り返した跡のひきつれが集まっています。粘膜もやや凹凸が強いのです。 その部位の組織をとり、病理検査に出しましたが、「異型性のある細胞」であるとの病理医からの返事でした。私が病理のM先生に直接相談に行くと、「胃がんとは言えないけれども、あやしげな細胞は確かにある。もし他の病院でがんと言われたのなら、やはりその組織を見なくてはならない。」との意見でした。  M先生の意見に私も同意し、Nさんにそう伝えました。程なく、前にみてもらっている病院から病理組織が送られてきました。送られてきた標本を詳細に観察し…

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診療録(カルテ)はそのまま第三者に理解できるか?

都立病院を始めとして多くの病院で情報開示をうたい、情報開示はもう既に時代の大きな流れになっている。ただし、医療の現場では、まだまだ十分に対応ができているとはいえない現状がある。 つまり、情報開示をスムースにするためには、カルテは第3者が見ても解るようなものであることが前提条件になるが、必ずしもそうはなっていない。診療者のメモ程度になってしまっていたり、書いた本人にしかよく解らない内容の場合も多い。内容の問題だけでなく、読めない字であることも多い(これは私も含めてですが)。 それがそもそもいけないと言われるかもしれないが、事はそれ程簡単ではない。実際には診療録を十分に書くだけの時間をとれないというのが医療の現場にいる者の本音だ。つまり、日本では余りにも多くの仕事が医療者に課され、記録にまで手が回っていないのだ。 例えば、病床あたりの医師や看護師の数は、日本は米国の5分の一から7分の一程度しかいない。その人数で同じ事をやろうとすれば、どこかにひずみは生じる。それでは医療者数を増やせばよいかというと、人を増やせば必ず医療費は高騰する。日本の医療は世界的にみても安価な費用で済ませていながら、比較的高いレベルを維持しており、そのためには色々な面で犠牲にしていることも多いのだ。 犠牲にしていることの一つに、診療録への記載があげられる。あるいは、患者さんとの会話だ。研修医には、患者さんのベッドサイドにはよく行き、診察し会話もしているのに、診療録の記載がおろそかな場合がある。一方、患者さん…

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セカンドオピニオンの際には 必ず紹介状をもらう

何よりも大事なことは、Ⅰ番目の医師によく聞くことですが、次に大事なことは紹介状をもらうことです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 受け持ち医に紹介状を書いてもらうために セカンドオピニオンを求める際には、今の主治医に紹介状を書いてもらうことが何よりも大切です。それがなければ、セカンドオピニオン(第二の意見)ではなく、セカンドコンサルテーション(第二の診察)になってしまいます。紹介状なしで来られると、今までの主治医(前医)により行われた検査を繰り返すことになります。 それは、患者さんの体にとって負担であるし、日本全体の医療経済を考えても無駄になります。 前医に内緒で紹介状も持たずにくるのは、おそらく前医に遠慮しているためでしょう。患者さんや家族は、前医で聞いた話を何とか伝えようとしますが、それでは医師としての責任ある意見の出しようがありません。 医師としてきちんとした判断を下し伝えるためには、根拠あるデータが必要です。人からの伝聞の話を頼りに病状を判断したり、治療法について意見を言うことは、誤解を生じ、間違える可能性も大きいのです。それでは単なる身の上相談となってしまいます。 最近、私も受け持ちの患者さんから、他の医師によるセカンドオピニオンを受けたいから、と紹介状を書くことを求められることが、時々あります。最初の頃、慣れないことでもあり、自分が患者さんから信頼されていないのか、と戸惑っていました。しかし、今はそれが普通のことと思…

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セカンドオピニオンを求める  その3

セカンドオピニオンを求める理由は人それぞれです。実は本人もあまりよく解っていないこともあります。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー セカンドオピニオンには何を目的に求めるのか セカンドオピニオンを求める経緯はさまざまです。その目的により大きく二つに分けられます。 一つは、最初の主治医の治療方針でよいと考え、そこでの治療の継続を考えているけれども、人生の重要な決定だからと別の医師の見解を参考のために聞きに来る場合です。 もう一つは、前医の治療方針に同意あるいは充分納得することができず、他の病院で別の治療法はないかとセカンドオピニオンを求めたり、自分自身で客観的にいくつもの治療法の中から選択したいと考えてくる場合です。 医師の意見が診療や治療の方針の細かい点まで、100パーセントパーセント一致することはありえません。しかも、医療の現場ではAでもBでもどちらでもよい、それ程結果は変わらないという場合が、しばしばあります。また、どちらの選択も間違いではないけれども、私ならこちらにしたいという場合もあります。そうすべきでないという場合もあります。  私は、セカンドオピニオンを求める患者さんの目的によって、対処の仕方を考えています。 安心のためのセカンドオピニオンであれば、私は前医と同じように考えている点を強調し、前医が病状や病態に合った合理的な診断と治療をしていることを伝えます。そして、患者さんやその家族が、その病院で安心して医…

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