慶應病院は医療の三越か 2

慶應病院は医療の三越か」について
第1話で述べたことは、実は両者の議論がかみ合っていない。私は病院が三越であることを目指すべきだといったのに対して、X医師は大学で働く医師は世界一を目指すべきだといったのだ。つまり、システムまたは個人とその言っている対象が異なっている。

そうであれば、医療コディネーターとでも呼ぶべき職種が、医師であろうと看護師であろうと、活躍する場ができれば、病院全体として患者さんによりよい医療を提供することが可能となる。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

岩本ゆり
2005年03月16日 00:53
全人的医療の場は本当にプライマリーケアなのか より以下引用
>それでは、このギャップをどのように解消するべきだろうか。医療のシステム>として、専門医の周りに、このようなケアができるスタッフをおくことが、結>局は一番の近道ではないかと思う。一人の専門医にすべてのことを期待するこ>とは酷というものだ

まさに、現在の医療コーディネーターはこのギャップを埋めるために存在しています。しかし、本当は医師・看護師一人一人が目の前の患者さんとのギャップを埋めることが出来れば、このような職業は必要なくなるのでしょう。
でも、現実問題として、そのような世の中が来るのははるか先でしょう。
それまでは、コーディネーターとして活動することもさることながら、よりたくさんの臨床の方々に、ギャップを埋めるためのコツや知恵を広めていく活動も大切になってくると思っています。

でも、それはとにもかくにも、自分事として目の前の患者さんから『聴く』ことに他ならないのですが、それを納得してもらうことが、本当に難しいと感じています。

眞三
2005年03月16日 01:54
「医師・看護師一人ひとりが目の前の患者さんとのギャップを埋めることができれば」と書かれていますが、科学や医療の専門分化をみているとどうもそれは難しいのではないかというのが、最近の私の境地です。専門分化の一つとしてコーディネーターが成り立つような気がします。
はじめまして
2005年03月16日 14:47
はじめまして、クロッシングフィンガーズの氷川です。というよりも医者に復讐せよの著者です。

たしかに医療は患者不在のコミュニティが明治以来蓄積され続けたものですね。
現状の教育制度をもってしてはオスラー的システマティックな病院の運営が妥当であり、にもかかわらず権威を優先させるかのようなx医師のお話はこの分裂した医療コミュニティの性格を余すことなくあらわしていると思いました。 笑

また、お邪魔させて頂きます。
水井
2005年03月16日 17:14
これまでの医療界の歴史を思い浮かべると氷川さんのように、医療者と患者さんが対等ということがあり得るのかと感じてしまいますが、~もはや医療者側も「とても全部引き受けます。」とは言えない現状のように感じます。それ程専門化や複雑化が進み、しかも日進月歩どころか、より加速気味のようだからです。
でもこのことは患者さん側から見れば、またとない好機とも考えられます。医療者が自分の限界を知り提示でき、それを患者さん側が建設的に受け入れられれば、関係も激変することでしょう。ここで頼みの綱となるのは、やはり「共感する能力」なのだと思います。おそらく本来、誰もがもっているのでしょうが、他の能力と同様に鍛錬が必要です。(これまでの医学教育では、希薄だったようですし)
医療者側、患者さん側の双方に求められることですが、いつまでもお互いに期待して待っているよりは、第三者に頼むという加藤先生のお考えは、現実的ですし即効的です。しかも、二者関係の次元から三者関係になることで、新たな展開も期待できそうだと思います。
ひかわ
2005年03月16日 18:14
そう、だから同伴者が必要なんだと思いますよ。もちろん、専業者としてそれをコーディネーターさんが引き受けても良いし、医師がやってもいいと思いますよ。

ただしね選択肢を作り出すのは医師やカウンセラーではなく患者さん自身だろうと思います。

医療人全てが専門として患者さんになにかを振り回し選択肢をあてがうのは辞め、真摯に同伴者であるという気持ちを持つそれが大事なんだろうとも思います
氷川
2005年03月16日 18:16
古いマックを使っているせいかもしれませんが、僕のpcとこちらとのblogシステムと相性が悪く
書き込みにくいので乱文お許し下さい
ひかわ
2005年03月16日 20:13
ここに書いてよいものかどうか解りませんが、トップの加藤さんの画像が
2.3mあるために少しページが開きにくいようです。

もし、おのぞみでしたら僕の方で画像を適当なサイズで加工させて頂きますので

よろしければ以下のyahooアドレスに一端メールを頂けないでしょうか、折り返し
本ちゃんアドレスにて返信申し上げます。

tuyoshi_hikawa@yahoo.co.jp
水井
2005年03月16日 20:51
>氷川さま、同伴者という言葉の意味について、ちょっとよく解らないので補足説明お願い致します。患者さんだけで病院を訪れた場合に、あくまでも患者さん側の要求というか・・満足に留意する人、ということで宜しいのでしょうか?病院サイドの人では振り回される・・との意味でしょうか?これだと・・確かに困りますよね。
ひかわ
2005年03月16日 21:33
申し訳ありません。現在幾つかの解析を抱えていますので、以下に以前某新聞に掲載した拙文をアップさせて頂きます。非常に攻撃的であり、且つ抽象的なものになりますがご一読下さい。なお以下のリンク先では弁護士を上げています。

以下リンクです

http://www.enpitu.ne.jp/usr9/95435/diary.html


氷川
2005年03月16日 21:55
追記:医師の立場から、積極的にそのような同伴者になられた方もおられます。

僕の友人であり尊敬する先人である金沢大学講師の打出医師が、その人です。
テレビでの特番、雑誌などでご存知の方も多いかも知れませんが以下に彼の著作(共著)
を記します。

『人体実験』と患者の人格権―金沢大学付属病院無断臨床試験訴訟をめぐって

もちろん、前述したモノも含めて医療側が突拍子もない加害行為に及んだ事に関して
記載したモノです。しかし、なによりも患者さんに力を与えること、そして、その
足下を照らし出しうる人が同伴者とよばれうる人間だと思います。

申し訳ないです。。。環境の不一致のためにこれ以上かけません。。。。
眞三
2005年03月16日 22:46
まず、トップの写真をサイズを小さくしました。これで大丈夫でしょうか。ホームページも持たずこのブログが初めてのため、そのような配慮が足りなくすみませんでした。

一つ質問ですが、氷川さんとひかわさんは同一人物でよいのでしょうか?何か使い分けをされていますか?

「ただしね選択肢を作り出すのは医師やカウンセラーではなく患者さん自身だろうと思います。」という点ですが、カウンセリングや例えば節酒のためには、どのような選択肢をもつのかは確かに患者さん自身のことがあります。しかし、手術をするのか、他の局所治療なのかなどの選択肢となると、やはり医療者側から提示するべきものと思います。これは対象によって異なることと思います。
水井
2005年03月16日 22:57
少し前の金沢大学産婦人科における疑惑の件ですか・・。詳細は存じませんのでコメント出来ませんが、氷川さんのご批判はお医者さんもさまざまなので、患者さんを困惑させないために良識を持って対処しうる人ということのようです。
そういう人や機関ができる(これから育つ)ことを、期待したいです。
眞三
2005年03月16日 23:00
私も裁判の鑑定を依頼され引き受けたことが2度あります。依頼された場合にはそれを専門とするプロフェショナルとして、引き受けるのはある意味で義務であると考え、引き受けたのですが、とても大変な作業でした。

また、明らかに手抜きの医療をしていた医師とそのために亡くなった患者さん家族の間に入ったこともあります。その患者さん家族の心の傷が癒されるまでには3年以上の年月がかかりました。私はそのケースをとおして、家族は裁判で勝つことを望んでいるのではない。むしろ過誤をおかした医師の本気の謝罪とその家族が医療に関する信頼を取り戻せるようになること、そして次の事件につながらないような処置がとられることを望んでいるのだと思いました。
眞三
2005年03月16日 23:11
ひかわさんと私とは現状の日本の医療ではいけないという点では一致していると思います。ただし、私は復讐という言葉は好きではありません。もちろんそのような心境にならざるを得なかった状況があってのことと理解します。しかし、中東の問題にしても同じですが、復讐という言葉が先にたつと解決に向かっていかないのではないかと危惧します。

「医師に復讐せよ」を一度読んでから、このことは改めて考えたいと思います。石川寛俊著の「医療と裁判」(副題:弁護士として同伴者として)も『人体実験』と患者の人格権―金沢大学付属病院無断臨床試験訴訟をめぐっても読んでみたいと思います。ただし、今年度末であることと異動の話がありますので、しばらく時間をください。そして、どのような方法で日本の医療を良くしていくべきなのかを考えたいと思います。
雪ウサギ
2005年03月17日 00:54
ひかわさんの本の題名はきっと、センセーショナルな効果をねらってつけたのであって、内容はちがうだろうと思います。いえ違うだろうことを願っています。戦った結果、結局勝利者はいなかった、そして誰も救われなかった、ということが復讐の果てにありがちなことだからです。サブテーマによっては、読みたいとは思わないかもしれませんね。不毛な物は誰しも求めないものですよ。
眞三
2005年03月17日 01:05
弱者が泣き寝入りしないということは大切だと思います。
その一方で、医師に対して、常に完璧を要求されてたとしも、現実の問題として、それは不可能であることも確かです。現実の医療は、修正、修正の積み重ねであるということを知っておいて欲しいと思います。
氷川
2005年03月17日 01:30
選択肢に関しては治験、医用開発も含めて、当事者だけでなく、より多くの人々に開かれ、その人々の元で医療者は専門家として選択肢を作り出す多くの人々の同伴者たるべきだとおもいます。
打出喜義
2005年03月17日 10:17
氷川さんに、ご紹介頂きました金沢大学産婦人科の打出で、『人体実験』と患者の人格権―金沢大学付属病院無断臨床試験訴訟をめぐって、の共著者の一人です。

この訴訟は、説明もなく高用量抗がん剤投与試験の被験者にされたとして、人格権侵害の有無を争ったものです。私はこの裁判の患者側証人としてこの6年間を暮らしてきましたが、この臨床試験が私の所属する医局で行われていたために、ずっと「内部告発者」の状態である点が、チト、特異であるのかも知れないと思っております。

2003年の地裁判決では、「(治療以外の)他事目的を有する場合には、それを伝えるべき」との当然とも思える判決が出て原告勝訴となったのですが、国はそれを不服として控訴し、その高裁判決は4月13日の予定となっています。

この裁判のもう一つの特筆点は、二通の「症例登録票とその一覧表」が出てきたことで、被告からのものには原告亡妻は「症例登録されていない」、原告からのものは「症例登録された」とありました。
打出喜義ー2
2005年03月17日 10:18

3月12日大阪で「カルテ改ざん」のシンポがあり、そこで石川寛俊弁護士さんとも話したのですが、曰く、「告発すべし」とのお言葉でして、高裁判決の行方を睨みながら、そちらの方向でも考えなければと思っています。

医局で内部告発者状態を6年近くも続けておりますと、チョット捻くれてきまして(苦笑)、今まで見えなかったものにも目が行くようです。そんな経験からの意見も、これから述べさせて頂けたらと思います。
ひかわ(使い分けはないです)
2005年03月17日 12:43
打出さんが来られたので環境と闘いながら書き込みます。

打出さんはひねくれてませんよ。どちらかというと三年殺しのギャグを口にするとても明るい人です。

気絶するようなギャグセンスを持ってはります(僕は関西人です)

眞三
2005年03月17日 22:58
クロッシングフィンガーズの関係者の皆さんコメントをありがとうございます。ただし、このサイトには雪ウサギさんやretired nurseさんのように無垢な人が参加しており、緊迫したやりとりにかなり緊張しているようです。
わたしは、ここを、ほんわかとした空気のあるサイトにしたいと思いますし、多くの方が見ていただきたいと思いますので、もう少し柔らかい表現で参加していただくことをお願いします。一つ前のひかわさんのコメントのような。
それが改革のために多くの人を味方につける近道だと思います。
眞三
2005年03月18日 01:27
打出さんの事情は、下記にまとまってよく書かれています。
大学病院の壁は厚そうですね。
http://www.bund.org/opinion/1104-4.htm
眞三
2005年03月18日 01:38
選択肢の問題ですが、医療の場と情報産業の場の差が出ているのではないでしょうか。医療の場では、患者さんの要求は健康であった状態に戻して欲しいというのが当然であり、その要求に対処する方法(治療法)の選択肢を示すのは、多くの場合どうしても専門家である医療者になるのではないでしょうか。

ところが、氷川さんのやられているネットワークの仕事は、修復ではなく新しいものの創造であり、そのためにユーザーが色々な要求を出せるのだと思います。
打出喜義
2005年03月18日 12:49
加藤さん。お早うございます。もし宜しければ、今月5日、東京新聞特報面に載った記事も御覧戴くと嬉しいです。http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050305/mng_____tokuho__000.shtml

あと、
ICというのは、医者が、ただ単に、患者さんへ治療法の選択肢を示し、そのチョイスは患者さん自身に委ねる、と言ったものではなく、そのチョイスに至るまでの患者さんの悩みや苦しみを、共に分かち合うプロセスにある、と私も思っています。
水井
2005年03月18日 23:31
はじまして。幾分状況がわかってきました。
とても緊張の強いられるお立場と思います。日々、大丈夫でしょうか?
大学病院は教育・研究・医療と多重の枠組みがかかっています。それでいて運命共体というかムラのようで、個の問題と公の問題がないまぜに交差しています。
かつて長らく関わってきましたので先生はじめご家族のご心中お察し致しす。
中で働く人を多くみて参りまして、現場はどこも目一杯に働いているとの印象でした。スタッフや医師達の犠牲的とも思える献身ぶりは超人的です。
その一方、システムとしてのメカニズムが働いているようで、機能不全にならないよう、感情に流されず、生きるすべとしてある種の割り切りというか鈍化作用がはたらく所のようにも思いました。
今、全く離れて思うのは、やはり離れ小島であったということと、もはや時代遅れの感がするということです。(慶応の大学病院のことは存じません。)
風通しを良くしよう!というご提言の本であることを願っています。

打出喜義
2005年03月18日 23:44
有り難うございます。
まあ、人って、それぞれの立場、たちばで、
なかなか、お互い、判り合えない事って、
案外、多いかなっ、と、思ったりなんか、
しています。
眞三
2005年03月19日 08:07
打出さんの立場が理解できました。大変な状況でしょうね。
被験者保護法がちゃんとした形でつくられることに賛成します。

私は、以前に生命科学とスピリチュアリティの講演会でコメントさせていただいた時に、「スロー イズ ビューティフル」をこれから標語にしなくてはとのコメントしました。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/shiseigaku/ja/gyouji/gyouji_w03_spirituality.htm
私のよき仲間がこの会を企画しました。

科学は、競争の中で速く進むことのみが目的化し、本来の目的を見失ってきていると思います。
打出喜義
2005年03月19日 13:40
「科学は、競争の中で速く進むことのみが目的化し、本来の目的を見失ってきている」。仰るとおりだと思います。

で、その拙速な進歩が、種々の犠牲を強いているとしたら・・・
そんな進歩なら進歩しない方が良いなどと、私も思ってしまいます。
まさに「スロー イズ ビューティフル」ですね。

あと、奇遇ですが、加藤さんのよき仲間のお一人の
島薗さんとは、再生医療に纏わる話題と、
以前、金沢にお住まいになっておいでた経緯から、
私も、少しですが、御縁を戴いております。

色んな仲間の輪が大きくなって、
加藤さん仰る「スロー イズ ビューティフル」が
広まっていけばと、わたしも願っております。
眞三
2005年03月19日 14:04
私のよき仲間は、いのちの研究会の仲間です。
今度このサイトでもご紹介しようと思っていますが、いのちの研究会のHPをまずご紹介します。
医師でありながらこのようなグループの一員に入れてもらっており、主宰者の町田先生には感謝しています。HPの中のNHK心の時代を一度のぞいてみてください。スケールの大きい方です。メンバーの一人ひとりが個性の強い、不思議な集団です。
http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/soho/life-ws.html
打出喜義
2005年03月19日 20:05
いのちの研究会のHP見ました。
NHK心の時代のぞきましたが、
町田さんみたいに、自由に、生きられたら・・・
って感じがしました。

加藤さん、良い仲間に恵まれて、幸せです。
水井
2005年03月19日 21:28
わたしもこれを機に、お荷物になるかもしれませんが、
共に考え、学ばせていただきたいと思っております。
旅の仲間ということで・・、ご一緒いたしましょう。
打出喜義
2005年03月19日 23:02
はい。私も、宜しくお願い致します。
「旅は道連れ世は情け」と言うようですね。

町田さんは、どうも、お一人旅が良いようですが、
私は、ワイワイ、がやがやの旅の方が、
どうも、性に合っているような気がします(苦笑)
眞三
2005年03月20日 00:43
昨日、町田宗鳳さんと上田紀行さんに会うことができました。お二人にあうと、いつもパワーをもらえるような気がします。それぐらいパワーに満ちあふれているからでしょう。上田さんも、いのちの研究会のメンバーです。仏教をよみがえらせるための活動をされています。 http://www.valdes.titech.ac.jp/~ueda/ueda.html http://www5.ocn.ne.jp/~seishoji/runeframe1.html
分野は違っても同じ未来を目指す仲間を一緒に増やしていきましょう。

この記事へのトラックバック

  • 患者はどう考えればいいのでしょうか?

    Excerpt: 「慶應病院は医療の三越か 2」について  前略。多くのコメントの内容に、先生方の熱心なやりとりに緊張してしまいました。  私が顔を出すのはとても場違いな気もしますが、患者として生きる場合、今でも医.. Weblog: おもしろ看護学と回顧録@WebryBlog racked: 2005-03-17 22:24