セカンドオピニオンの際には 必ず紹介状をもらう

何よりも大事なことは、Ⅰ番目の医師によく聞くことですが、次に大事なことは紹介状をもらうことです。

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受け持ち医に紹介状を書いてもらうために

セカンドオピニオンを求める際には、今の主治医に紹介状を書いてもらうことが何よりも大切です。それがなければ、セカンドオピニオン(第二の意見)ではなく、セカンドコンサルテーション(第二の診察)になってしまいます。紹介状なしで来られると、今までの主治医(前医)により行われた検査を繰り返すことになります。 それは、患者さんの体にとって負担であるし、日本全体の医療経済を考えても無駄になります。

前医に内緒で紹介状も持たずにくるのは、おそらく前医に遠慮しているためでしょう。患者さんや家族は、前医で聞いた話を何とか伝えようとしますが、それでは医師としての責任ある意見の出しようがありません。

医師としてきちんとした判断を下し伝えるためには、根拠あるデータが必要です。人からの伝聞の話を頼りに病状を判断したり、治療法について意見を言うことは、誤解を生じ、間違える可能性も大きいのです。それでは単なる身の上相談となってしまいます。

最近、私も受け持ちの患者さんから、他の医師によるセカンドオピニオンを受けたいから、と紹介状を書くことを求められることが、時々あります。最初の頃、慣れないことでもあり、自分が患者さんから信頼されていないのか、と戸惑っていました。しかし、今はそれが普通のことと思えるようになりました。

1997年日本での肝移植がまだ少ない頃、学生時代からの友人X君が肝硬変のために入院しました。黄疸と脳症のある進行した肝硬変であり、一年以上生きられる可能性も少ない程でした。移植が必要であると私は判断しました。しかし、家族の間に肝移植に反対する意見も強く、移植医療を受け入れることができません。入院期間中のある日、X君は他院でのセカンドオピニオンを得たいからと紹介状を求めてきました。

この頃、まだこのような経験がほとんどなく、私は自分が受け持ち医として信頼されていないのかと、一瞬悲しい思いもしました。しかし、一生に一度の大事な決断をするためであれば、X君が納得いくだけのことをした方がよいだろうと、躊躇することなく紹介状を準備し、手渡しました。そして、X君は肝臓学会でも著名なK先生を受診し、そこでも移植が必要だという同じ意見であることを確かめて、最終的に肝移植を受ける決心をしたのです。

患者さんは、セカンドオピニオンのための紹介状を頼んでも、主治医が腹を立てて書いてくれないのではないか、もう診てもらえなくなるのではないか、医師や病院から意地悪をされるのではないかなどと、あれこれ考えて躊躇されるのかもしれません。

しかし、時代は明らかに変化しています。余り遠慮しないで、主治医に自分の気持ちを素直に伝え、セカンドオピニオンのための紹介状を書いてもらうことを、お奨めします。
あるいは、妙にプライドが高く、他医への紹介を嫌がる医師もいるかもしれません。本当は自分の医療に自信があれば、紹介状も躊躇することなく書けるはずです。このような医師も、紹介状を書くことを繰り返し依頼されることにより、次第に慣れてくるはずです。その結果、日本の医師全体がセカンドオピニオンという制度に慣れて、制度が定着すればよいのです。

 しかし、どんな時にもセカンドオピニオンを求めましょう、と勧めているのではありません。第二の意見をやたらに求めることは、やはり医療資源の無駄遣いです。もし信頼できる医師により、納得のいく診断と治療を提示されたのなら、セカンドオピニオンを求めなくてもよいのです。
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以上 「患者の生き方」より

この記事へのコメント

2005年07月17日 11:59
患者自身が目的意識持って、セカンドオピニオンを求めなければ、かえって自ら迷子になり、無駄な医療費を発生させるという社会的損失にもつながる・・非常に納得のいくところです。

>信頼できる医師により、納得のいく診断と治療を提示されたのなら・・

↑の条件を満たすためには、まず当の信頼できる医師との出会いが不可欠ですよね。
「良い医師を見分ける感覚」もまた、風評や部分的な評価ランキングに頼り切らず、自身の五感をフル活用させ磨かなくてはならないわけで、つまるところ、日常的な対人関係性の豊かさ、深さが鍵となりそうです。
患者の身になった時って、どう生きてきたかが一度に問われる時なんですね。病もまた、師ということでしょうか。
GORO
2005年07月17日 14:37
巷では、医師や病院など、医療そのものに焦点を絞った番組や書籍などを多く見かけますが、その反面、患者自身がもっと賢くなるための情報はまだまだ不足しているように思われます。これまでにも、しんぞう先生が再三問題提起をされているように、やはり医療従事者だけではなく、患者自身ももっと勉強をしなくてはいけないのだと思います。まだまだ多くの患者にとって医師は「偉大な存在」ですからね。これをまずなんとかしなければ....。
たまき
2005年07月17日 16:02
いつかトラックバックでコメントしようと思ってますが、今忙しくてできませんので、簡潔に。
前に「カルテは誰のものか」ってコメントしましたけど、紹介状っておかしいと思うんですよね。セカンドオピニオンは患者主体の情報開示が行われて、その患者の個人情報を見た第3者の医師の意見聴取じゃないかと思うんですね。紹介じゃなくて情報開示でしょう。紹介という価値観があるから、書いてくれない医師がいるとか、診てもらえなくなるとか考えるんでしょうに。患者には情報開示してもらう権利があって、開示する義務が医師にあるって意識がもっと浸透しない・・・。手間隙がどうのとかはシステムの問題であって別問題だと思いますし。
たま
2005年07月17日 16:10
あ・・・「浸透しないと・・・」の「と」が抜けました。すみません
たまき
2005年07月17日 16:11
あ!ごめんなさい。名前も違うし(泣
たま=たまきです。
すずめ
2005年07月17日 16:14
科や領域によっては、人生のすべてを左右するのですから、セカンドオピニオンどころか、セカンドコンサルテーションそのものが必要なことがあります。しんぞう先生が紹介状の必要性をお書きになっていますが、それ自体本当に正しいでしょうか?わたしはセカンドコンサルテーションそのものを分野によってはしっかりとやり直す方がかえって患者さん・クライエントさんのために絶対になると考えます。
2005年07月17日 23:31
 個人情報の観点から考えるとカルテは患者さん自身のものと思いますが、その患者さんの検査を指示し、診察をし診断を下すのは医師で、入院の場合は看護記録などもカルテでは重要な
意味を持ち、患者さんとの協働作業でできあがる資料が総してカルテとなります。
 そうすると情報開示を先にしてしまうと、まとめようがなく大変なことになります。
 現在では医療のコーディネーターは開発途上でまだ医師が中心になって話を勧めないと、まとまる話もまとまらないと思います。そのために医師として多くのことを学ばれ患者さんの知識よりはるかに豊富ですから、船頭役として出す書類は紹介状という形をと取らざるを得ないと思います。
たまき
2005年07月18日 04:11
>情報開示を先にしてしまうと、まとめようがなく大変なことになります。
うーん、システムの問題を論点にしているんじゃないんです。本来は患者が自由に情報開示の要求が出来るようになって、そこからセカンドオピニオン実現へと話が進まないと、患者本位に進む話も進まないでしょうということが言いたいです。
紹介状を書いてくれない→まとめるのに手間隙がかかるから→でもそれが無いと意見を述べられません。
どうですか?全部、医療従事者の都合上の話だし、患者本位に全く話が進まないじゃないですか・・・。患者さんにしてみたら「一体どうしたらいいの?」って感じなんです。だから、セカンドオピニオンを話合うためには、カルテは誰のものか→患者のもの→開示をどのようにしたら患者本位になるかってことから始めないとダメじゃないのかなって思うわけです。
昼行灯
2005年07月18日 06:57
 おはようございます。
 たまきさんのおっしゃること良く分ります。
 いずれそのようになって行くと明るい未来を感じることができます。
 それにはすずめ様のようなセカンドコンサルテーションとかしんぞう先生の医療コーディネーターという職種ができると思います。
 最近国立病院などでしんぞう先生の書かれていたセカンドオピニオン外来とかができ始め、患者さんのために試行錯誤しながら、一歩一歩患者さんの気持ちに添うようになってきてます。こような方法を私達弱い患者が強くなりしっかりチェックしていかないと、患者中心の流れが偏り、ケアマネのような医療者側が強気になるとしてもらいたいのに言えないということが起こります。
昼行灯
2005年07月18日 07:12
 追伸 ; たまき様のおっしゃるように、現在はまだまだ患者本位がいつもどこかで消えてしまうことが多いです。
 私自身しんぞう先生の「患者の生き方」を読んでいなければ、一生医療従事者の側からしか物が見れなかったと思います。これでも患者さんの気持ちが分るナースと思っていたのが、この著書を読ませていただいて、全く理解してないことがよく分かりとても単純な自分が恥ずかしく思いました。
水井
2005年07月18日 08:09
紹介状の意味合いは、ただ紹介することでは無く、紹介された医師は不明な点を必ず紹介した医師に確認し、それから診察結果を必ず紹介した医師にフィードバックするシステムとなっているのです。大きな病院で今と同じ診断を下すのであれば安心して今の近くの病院に通えるということにもなり、実際そういうこともあります。
紹介状は医療従事者の都合優先とも思えないのですが、まだ認識が広まっていないために充分生かされていないのかもしれません。
しんぞう
2005年07月18日 08:16
たまきさん。 紹介状を書いて欲しいといってそれを拒否されることは、もうありえない時代を迎えていると思います。それはもう患者の権利ですから。訴えれば必ず医師が負けます。ただし、医師にいやみを言われたり、嫌がらせにあうことはあるかもしれません。
それはカルテの開示であっても紹介状であっても同じことです。
たまきさんの書かれていることは正論であるのですが、やはり医療の現場はまだそこまで言っていない現状があります。その辺の事情を記事にしてあらためて書きます。

すずめさん。セカンドオピニオンであっても、セカンドコンサルテーションであっても、前の医師の紹介状がある方がはるかに良いことは間違いありません。医療のレベルそのものに不信があるときはセカンドコンサルテーションがよいでしょう。
たまき
2005年07月18日 13:18
コメントありがとうございました。
>いずれそのようになって行くと明るい未来を感じることができます。
>まだ認識が広まっていないために充分生かされていないのかもしれません。
認識が広まって未来が明るくなると良いなと思います。

>カルテの開示であっても紹介状であっても同じことです。
そうですか・・・。紹介という意識からくるものではないのですね。医師の底深い何かがあって、医師じゃなければわからないものなのかもしれません。医師の方々で話し合って、何とか患者本位の開示ができるよう、近づけていただきたいと思っています。よろしくお願いします。ありがとうございました。
すずめ
2005年07月18日 17:31
しんぞう先生、お返事ありがとうございます。
確かに、多くの科については、紹介状があった方が、いろいろと情報を得るには手早い方法だと思います。他の科と連携するときに、薬の重複を避けたり、体調を総合的に診るためには、「こころある医師による」紹介書があると、医師も患者・クライエントさんも安心しますよね。
ただし、科によっては、しんぞう先生がおっしゃった、「医療のレベルそのもの」を根底から問うことがままあるということです。科によっては、あまりにも診断方法の暴力さ(これは国家試験合格率が一番高い国立大学でもありました)や最近の診断基準の変化により、重病な病人にしなくてもいいのに重病人として診断されてしまうということもあります(これは困るでしょう。人生の選択を社会的に制限させられることもありますので)。
医師のパターナリズムとまたまた関係ある話になってしまいますね。
雪ウサギ
2005年07月19日 02:48
7月15日(金)の夜、放映されたにんげんドキュメントという番組で「言葉を尽くし医を尽くす」 心で向き合うセカンドオピニオン相談室 というのがありましたのでご紹介いたします。
ただ、気がついて見たのがすでに20分経過したところでしたので、部分的・断片的にしか内容を把握できていないということをお断りさせていただきます。
九州中央病院には杉町ケイゾウ(漢字を見逃しました)さんという、セカンドオピニオン相談室専属の医師がいらっしゃいます。相談室では、患者とその家族の悩みだけではなく、彼らの生き方にも日々向き合っています。
杉町医師には過去に苦い経験がありました。話し合った患者さんが、絶望してその後自殺してしまったのです。そのことがあってから、杉町医師は変わったとのことでした。
雪ウサギ
2005年07月19日 02:51
医師の特に主治医の言葉は、時には患者の人生を左右し、何気ない一言が患者を傷つけるということを、もっと自覚すべきだとおっしゃっていました。昔は医学的に正しいか否かということに重点を置いた話をしていましたが、今は、患者さんの気持ちを一番大事にしながら、医師としての自分の気持ちを伝えるように努力しているとのことでした。この相談室を訪れる患者は、最初の医師に不満がある場合がほとんどですが、中には他で匙を投げられた診断に対しての最後の望みとしての再診を求めるものもありました。精神的に患者に対して元気・生きる力を出してもらうことが大切であって、それを損なうことは避けたいとのことでした。この相談室を訪れた末期患者とその家族のインタビューが続き、胸が熱くなりました。
雪ウサギ
2005年07月19日 02:52
また、研修医の教育にも力を入れ、告知の仕方の練習をさせていたのは印象的でした。研修医といえど未熟さからの不信や不安を患者さんに抱かせない為です。「症状をもっと把握して!」「そこは大きな声ではっきりと!」「患者の声にもっと耳を傾けて。」など具体的かつ的確なアドバイスが印象的でした。
杉町医師の存在そのものには、すでに精神的なオーラが発生し、そのオーラを求めて患者が集まってくるように思えました。
再放送があればぜひ見たいと思っています。
雪ウサギ
2005年07月19日 05:13

最後にひとつだけ。結局、人間にとって最も大切なことは、「言葉と行動」だと思いました。
しんぞう
2005年07月19日 05:43
雪ウサギさん。 杉町圭三先生は、前の九州大学の外科の教授で猛烈に沢山の論文を書いていた有名な方です。私は直接の面識ありませんが、いわゆる大学教授の典型の方のようにうかがっていました。
過去の苦い経験というのがいつのことなのか解りませんが、おそらくそれで変わられたのですね。
私もその際放送があれば見てみたいです。
昼行灯
2005年07月19日 06:36
 おはようございます。
 しんぞう先生の本を読んでいて、セカンドオピニオンの相談は各病院にひとりでも定年退職された経験豊富な医師が医療コーディネーターになってくださるといいな…と思っていました。
 雪ウサギさんのお話を聞いて、ますますそう思っています。

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